竹取物語写作秘抄〜輝夜姫を愛した人〜

竹林での目覚め

時間は戻らない。
その絶対的な不可逆性に、人は抗う術を持たない。戻りたいと願ったときには、全てが遅いのだ。

肌寒さに身震いして目が覚めた。窓を開けたまま寝てしまったのかと頭を上げて目を擦った。乾いた何かが手に付いていて、皮膚に擦れる。軽い痛みではあったものの、寝起きの身には十分衝撃で、反射的に瞼から手を離した。まじまじと手を見て、焦点が合った時におかしなことに気付いた。手に付着していたのはどうやら枯れ葉で、さらに言えばここは野外だった。

人は驚いた時に声が出ないというのは真実だったらしい。呆然と座る自分の周りは、どうやら野外かつ竹林だった。私は夢遊病にでもなったのだろうか。でも、知る限りではアパートの周囲で竹林がある場所はないはずだった。埃をはたくように自分の服を探るが、財布はおろかスマートフォンすら持っていない。近くに散らばっていないかと周辺の枯れ葉をかき分けるが、見当たらない。そこまでして、ようやく嫌な汗が吹き出してきた。怖い、何一つ把握出来ないことがこんなに怖い。
しかも、よくよく見渡せば町中に少しあるちょっとした竹林ではなさそうだ。そびえる竹の隙間から見える向こう側も、そのまた向こうも竹林だ。竹林は、熊や猪が出るのだったかと焦り、持てる知識を総動員するも、知っていることがない自分に気付くと、さらに慌てた。恐る恐る立ち上がり、何度も周りを確認し、竹の隙間を歩き出した。
地面の乾いた竹の葉は、裸足には痛い。そもそも、裸足なのかと泣きたくなった。途中竹の子の先を踏みそうになって、その痛そうな見た目にぞっとした。必死にかき分けて進むと、円形に開けた場所に辿り着いた。
どのくらい歩いたのか、体感だと2、3時間と言いたかったが、疲労困憊なのもあって正確な時間が分からなかった。スマートフォンの便利さを思ったところで、目の前が暗くなっていった。
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