竹取物語写作秘抄〜輝夜姫を愛した人〜
出会いと勘違い
人の声がして、うっすらと意識が戻る。耳に入ってきたのが日本語で、心から安心した。あまりに異常な状況に、小説や漫画で今流行りの異世界に来てしまったのではと心配してしまっていたからだ。
しかし「天上人か…?」と呟く男性の声に、思わず目を見開いてしまった。天上人とは一般的な日本人が使う言葉なのかと一瞬考えたが、答えは即座に出た。使わないだろう。
私がうっかり見開いた目に気付いて、声の主は後退った。目に入ってきたその人物の足元は、草履のような物を履いている。時代劇の撮影中なのかもしれないと現実逃避してみたが、寝ている間に撮影場所に迷い込む意味も分からないので、もう諦めることにした。
むくりと身体を起こすと、草履を履いた足がさらに後退り、目線を上げると前合わせの着物を着た浅黒い男性が、怯えた表情で私を見つめていた。目が合うと、目の中の怯えた色が緩んだ。呆然とこちらを見て、しばらく沈黙が流れた後、彼は口を開いた。
「天女様でしょうか」
過大評価がすぎると考える、現実逃避したい頭は嫌に冷静だ。天女発想が出るのは何時代なんだろう、詳しくはないけれどこのワンピースタイプの部屋着が悪いのだろう。膝下まで隠れて、Aラインの裾はひらひらと柔らかい。色もパステルブルーで、その発想に至るのにはちょうど良さそうだ。髪も茶色がかった黒のロングヘアで、癖毛のせいで緩くウェーブしているし…。ただ、申し訳ないが天女と言ってもらえる美貌はない。絶妙に誤解を与えつつ見合わない自分の容姿が余りに申し訳なくて、自分の眉尻が情けなく下がるのを感じた。しかし何と返答すれば自分の身が安全なのかが分からず、口をはくはくと動かしてみるものの声を出せずにいると、男性は気の毒そうな面持ちに変わり、何かを納得したように頷いた。
「天女様は声を出せないのですね。下界は御身にさぞお辛かろう。だがあなた様をこの林に捨て置けば私に天罰が下ります。どうか共に我が屋敷にいらしてくださらぬか。」
声は出せるのだけど、何を言って良いか分からないだけなのだけど…。さらりと天女で決まってしまった上に、この設定ではまるで人魚姫ではないか。後ろめたさが募り、しかし屋根のあるところに連れて行ってもらえるのが有難すぎて、涙がぽろりと溢れた。男性は目を見開いた後、困ったように微笑んだ。
男性は偉い人なのかもしれない。出会った時の着物姿は私のイメージ内でのお貴族様という感じがなく庶民的な印象を受けたけれど、まず移動手段が庶民らしく徒歩ではなかった。馬車のような、箱型の乗り物。ちらりと盗み見れば、引いているのは牛だ。ペガサスとかではないのかと、落胆と安堵が入り混じる。結局ここは異世界なのか何なのか。
連れてきてくれた男性を竹林の外で待っていた人たちも、歴史の授業で見たような着物を着て、言語もやはり日本語だ。男性に恭しく話しかけている彼らを見るに、ここはどうやら身分制度がある世界のようだ。
そして彼らもまた男性に横抱きにされた私を見ると目を見張り、「天女」とこの上なく恥ずかしい説明を聞くと地面にひれ伏した。怖い、ひれ伏されるなど当たり前だが経験がなく未知すぎて怖い。怯える私を見た男性は、軽く彼らを窘めた。そっと見上げた私を乗り物に乗せながら、彼は安心させるように微笑んでくれた。あなたは乗らないのかと物言いたげに見つめると、
「女人と共に乗るものではないですから。増してやあなた様は天女様、烏滸がましいというものです。」
何も言わずとも意を汲んでもらえて嬉しくなったが、その呼び方には何度目であっても罪悪感で頭を抱えたくなった。
しかし「天上人か…?」と呟く男性の声に、思わず目を見開いてしまった。天上人とは一般的な日本人が使う言葉なのかと一瞬考えたが、答えは即座に出た。使わないだろう。
私がうっかり見開いた目に気付いて、声の主は後退った。目に入ってきたその人物の足元は、草履のような物を履いている。時代劇の撮影中なのかもしれないと現実逃避してみたが、寝ている間に撮影場所に迷い込む意味も分からないので、もう諦めることにした。
むくりと身体を起こすと、草履を履いた足がさらに後退り、目線を上げると前合わせの着物を着た浅黒い男性が、怯えた表情で私を見つめていた。目が合うと、目の中の怯えた色が緩んだ。呆然とこちらを見て、しばらく沈黙が流れた後、彼は口を開いた。
「天女様でしょうか」
過大評価がすぎると考える、現実逃避したい頭は嫌に冷静だ。天女発想が出るのは何時代なんだろう、詳しくはないけれどこのワンピースタイプの部屋着が悪いのだろう。膝下まで隠れて、Aラインの裾はひらひらと柔らかい。色もパステルブルーで、その発想に至るのにはちょうど良さそうだ。髪も茶色がかった黒のロングヘアで、癖毛のせいで緩くウェーブしているし…。ただ、申し訳ないが天女と言ってもらえる美貌はない。絶妙に誤解を与えつつ見合わない自分の容姿が余りに申し訳なくて、自分の眉尻が情けなく下がるのを感じた。しかし何と返答すれば自分の身が安全なのかが分からず、口をはくはくと動かしてみるものの声を出せずにいると、男性は気の毒そうな面持ちに変わり、何かを納得したように頷いた。
「天女様は声を出せないのですね。下界は御身にさぞお辛かろう。だがあなた様をこの林に捨て置けば私に天罰が下ります。どうか共に我が屋敷にいらしてくださらぬか。」
声は出せるのだけど、何を言って良いか分からないだけなのだけど…。さらりと天女で決まってしまった上に、この設定ではまるで人魚姫ではないか。後ろめたさが募り、しかし屋根のあるところに連れて行ってもらえるのが有難すぎて、涙がぽろりと溢れた。男性は目を見開いた後、困ったように微笑んだ。
男性は偉い人なのかもしれない。出会った時の着物姿は私のイメージ内でのお貴族様という感じがなく庶民的な印象を受けたけれど、まず移動手段が庶民らしく徒歩ではなかった。馬車のような、箱型の乗り物。ちらりと盗み見れば、引いているのは牛だ。ペガサスとかではないのかと、落胆と安堵が入り混じる。結局ここは異世界なのか何なのか。
連れてきてくれた男性を竹林の外で待っていた人たちも、歴史の授業で見たような着物を着て、言語もやはり日本語だ。男性に恭しく話しかけている彼らを見るに、ここはどうやら身分制度がある世界のようだ。
そして彼らもまた男性に横抱きにされた私を見ると目を見張り、「天女」とこの上なく恥ずかしい説明を聞くと地面にひれ伏した。怖い、ひれ伏されるなど当たり前だが経験がなく未知すぎて怖い。怯える私を見た男性は、軽く彼らを窘めた。そっと見上げた私を乗り物に乗せながら、彼は安心させるように微笑んでくれた。あなたは乗らないのかと物言いたげに見つめると、
「女人と共に乗るものではないですから。増してやあなた様は天女様、烏滸がましいというものです。」
何も言わずとも意を汲んでもらえて嬉しくなったが、その呼び方には何度目であっても罪悪感で頭を抱えたくなった。