竹取物語写作秘抄〜輝夜姫を愛した人〜

彼の屋敷

乗り物の小窓はガラスではなく布地で隠されていて、目繰り上げると外を見ることができた。はじめに思い切り捲り上げると、乗り物とすれ違う人と目が合い、気まずそうにやや不審げに頭を下げられた。
あの男性は後ろから付いてくるのか前を先導しているのか、不安になって姿を見たかったが、余り外を見ない方が良いのかもしれないと思い我慢した。
膝を抱えて溜め息をつく。夜寝る前は確かに自宅のベッドにいたはずなのに。夢遊病説はもう無理がありすぎる。異世界…という感じも少ないが、見慣れた町の建物や服装も無さそうだ。ただ、ここまで見た感じを整理すると、ここは過去の日本、そう思えばかなり納得がいく。何時代なんだろう、こういう乗り物に乗っていたり、身分制度があったり…。判断材料も少なく、あったところで判断出来ないと気づくと、学生時代に歴史の授業を真面目に受けていなかった自分を呪いたくなった。

男性の屋敷につくと、白髪混じりの長い髪をひとつに束ねた老女が出迎えた。この女性の着物が十二単のようだと私は目を見張った。…でも十二枚も無さそうだった。全体の雰囲気はイメージの通りだが、二枚ほどしか羽織っていないようだ。

「若様、またそのような平民の姿でお出かけになられたのですか」
老女が睨むような目を男性に向け、次に横抱きにしている私を訝しげに見やる。
「その女人は…?」
若様と呼ばれた男性は、にこりと微笑んで答えた。

「天女様であられる。」

老女は一瞬固まった後、静々と頭を下げた。
「それならばこの薬子、丁重におもてなしさせて頂きまする。」


乗り物に乗せてもらってここまで来たとは言え、正直乗り心地が悪く私は満身創痍だった。そのせいか、竹の葉で汚れた手足を拭いてもらい、着替えを子どものようにやってもらうのも、されるがままだった。
老女は見ず知らずかつ得体のしれない私にも優しく、「おつかれでしょう」「どうぞここではごゆるりとなされませ」と声を掛けつつ身支度をしてくれる。泥のついた手を拭き上げた老女は、感嘆の溜め息をついた。

「お美しい爪であらしゃる。天上人は爪先までこれほどとは。」

爪がなぜそんなに、と自らの指先を見下ろせば、一昨日ネイルサロンでやってもらったばかりのネイルが輝いていた。
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