魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

決められた結婚相手

 温室で夜ふかしをしたのが問題だったのか、それともベルンハルトとの会話を、その立ち振る舞いを遅くまで思い返していたことが問題だったのか、翌朝、リーゼロッテは普段よりも遅くまで寝入ってしまっていた。

 寝過ごしただけなら、それほど大した問題ではない。
 それが、よりにもよって、エーリックにバレた。
 バルタザールからリーゼロッテを呼んでくるようにと、使いっ走りにされたエーリックが朝からリーゼロッテの部屋の扉をノックする。そしてその音で、リーゼロッテは目覚めた。

「リーゼロッテ、父様が呼んでる。何してるんだ。早く来い」

 部屋の外から聞こえるエーリックの声に苛立ちが混ざっているのがわかる。
 使いっ走りにされた挙げ句、目的の部屋をノックしても一向に返事がない。これではエーリックでなくても、イラつくだろう。

「すぐに参ります。まだ用意ができていなくて」

「どれだけかかるのだ? あまり待たせるとまた叱られるぞ」

 リーゼロッテは慌てて飛び起きて、返事を返すが、エーリックの問いに答えることはできない。
 どれだけかかるかと聞かれても……何せたった今起きたところだ。思考はまだはっきりとせず、体を動かそうにも、意識が追いついてこない。

「叱られたくないのなら、早くしろ」

 叱られたくないのは、リーゼロッテではなくエーリックだろう。
 焦りを含んだ声は、先ほどよりも大きく、早口でリーゼロッテの耳に届く。
 いつでも叱られるのはリーゼロッテの役目で、エーリックはその横を軽々とすり抜けていく様に見える。その目はただただ真っ直ぐにバルタザールを見ていて、リーゼロッテのことなど目に入っていないのではないだろうか。

 バルタザールの下で、次期国王として、然るべき教育を受けているはずのエーリックは、いつの間にかバルタザール以外のものに興味がなくなっている様だった。エーリックの瞳には、何も写っていないのではないかと、そんなふうに考えたこともある。
 バルタザールの機嫌を損ねない様に、期待に応えられるように、いつだってバルタザールの傍に控え、自分を覆い隠して立っている様に見える。

 いつから、そんな風になってしまったのだろうか。
 昔は一緒に庭で遊ぶこともあった、同じ家庭教師に学んでいたこともあった、お茶の時間にお菓子を分けあったことすらあったのに。

 昔の記憶に思いを引っ張られそうになったのを、リーゼロッテは必死に思い留まり、朝の用意を整える。
 バルタザールの前に出ていくのだ、着崩れた格好ではまた、余計な不興を買うだけだろう。
 人前に出るのに申し分のない形を整えると、リーゼロッテはようやくエーリックの前に姿を現した。

「お兄様。お待たせいたしました」

「遅い。まさかまだ寝ていたわけではなかろう?」

「……ま、まさか、そんなわけありませんわ」

「ふっ。どうだか」

(今の、笑ったの?!)

 普段ではあり得ないほど和やかなやり取りに、リーゼロッテはエーリックの瞳に自分が写っているような気がした。
 昔のように、あの頃に戻れるかもしれないと、そんな錯覚を覚えるぐらいに。

 二人で少々足早に歩いてバルタザールの部屋へと向かう。リーゼロッテは今にも走り出してしまいそうだったが、それをすればエーリックから厳重注意を受けることになるだろう。
 せっかくの和やかな雰囲気を壊してはいけないと、つい走り出しそうになる足に力を入れた。
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