魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
「わかりました」

 もうどうなったっていい。リーゼロッテは半ば投げやりに返事をした。
 自分の生涯の相手ですら、他人に決められてしまう人生は、リーゼロッテにとっても信じられないほどの速度で色あせていく。
 誰が相手であっても、これまでと同じように心を隠して、本音を伏せて、感情を見せずに生きていくだけだ。
 心が急速に冷え込んでいくのがわかる。昨夜はあれほど好意を感じていたベルンハルトに対しても、もう何の感情もわかなかった。

「伝えるべきはそれだけだ。もう下がっていい。後のことは侍女に伝えておく」

「はい。失礼します」

 リーゼロッテはそれだけ言うと、誰の顔を見ることもなく部屋から出て行こうとする。
 部屋の扉を閉めようと振り返った時に、何かを言いかけていたベルンハルトが見えた気がしたが、何か言うべきことがあるのなら、もう少し早く口を出してほしい。
 リーゼロッテはベルンハルトの方を向きながら、敢えてそのまま扉を閉めた。結婚相手を、自らの手で拒絶した。


 呆然とした心持ちで自室への道を歩く。
 今回の話は誰が知っていたのだろうか。昨夜会った時のベルンハルトは知っていたのか。
 母であるユリアーナはどうだろうか。そう考えた時につい、口元から自傷気味な笑いがこぼれた。

(ありえないわ)

 ユリアーナがそんな大切なことを知るわけがない。
 リーゼロッテにとってユリアーナは母親である以上に他人であった。リーゼロッテがどうしていようと、それこそバルタザールにどんな目に合わされていたとしても、ユリアーナは何かを言ってきたことも、してきたこともない。
 バルタザールの方がまだ関係があった。叱られ、罵倒されるだけであったとしても、そこにはちゃんと関係性がある。
 リーゼロッテにとってユリアーナは血の繋がった他人。

 自室にあるお気に入りのソファに体を沈めても、今日はなぜだか癒されない。
 ぼんやりと天井を見上げ、結婚というものを考えようとも、何も思い浮かぶものはなかった。仲の良い夫婦というものを見たこともない、相手は数日前に初めて見た仮面の伯爵。
 リーゼロッテにはどうしようもできなかった。全てをバルタザールが決め、侍女がそれを伝えにくるだろう。
 このまま流されていけばいいと、リーゼロッテは思考を手放した。
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