魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
「ちょ、ちょっとっ、待ってっ……っは……はぁ」

 執事の後ろを必死で着いてきたリーゼロッテの息が上がり、自分の体力の限界を伝えようと、執事へと声をかけたその時だった。
 一際大きな扉の前で執事がようやくその足を止めた。

「し、失礼しました。あまりの驚きに、一刻も早くベルンハルト様にお会いしようと、つい急ぎすぎました」

「い……いえ。だい、じょうぶ、ですぅぅ」

 未だに整わない呼吸をなんとかしようと、リーゼロッテは大きく息を吐いた。
 リーゼロッテのそんな様子を見ている執事の顔が明らかに狼狽えていて、王城の使用人では見ることのできない顔に、ほんの少し心が弾む。

「本当に、申し訳ありません」

「ふふっ。もう大丈夫です。ロイエンタール伯爵への挨拶もできますから、ご安心なさって」

 リーゼロッテが微笑みかければ、執事は更に所在なさげに視線を泳がせた。

「ロイエンタール伯爵には、内緒にいたしましょうか?」

 執事の顔色を見ながら、そんな提案をもちかければ、更に酷く視線が揺らめく。

「うふふ。それでは、内緒です」

 リーゼロッテは人差し指を口元に当てて、穏やかに笑いかけた。使用人とこんなやり取りをしたことなどない。王城では誰もがリーゼロッテのことを遠巻きに見ていて、実のない言葉を口先だけで発していたはずだ。
 ベルンハルトとのやり取り、そして旅の最中の御者とのやり取り、さらにこの執事とのやり取り。その全てがリーゼロッテに、ロイスナーでの暮らしが楽しいものになる予感を感じさせてくれる。

「ん゛ん゛っ」

 執事とリーゼロッテが笑い合っているところへ、突然くぐもった咳払いが聞こえてきた。
 二人で顔を見合わせて咳払いに耳を澄ませれば、どうやら扉の向こうから聞こえてきたことがわかる。
 扉の奥にいるのは、ベルンハルトのはずだ。リーゼロッテを連れて、早く入ってこいとの催促のつもりだろうか、ベルンハルトの咳払いの意図を読んだ二人は、更に笑いを深める。
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