魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
 執務室を出てすぐの階段を上がっていった先にリーゼロッテの為に用意された部屋があった。
 部屋に入れば、立派な調度品が所狭しと並んでいて、シュレンタットの城の自室よりも贅沢な部屋に目を見張る。

「こちらをご自由にお使いください」

「こ、こんなお部屋をわたくしが使うのですか?」

「リーゼロッテ様にご不便をおかけしない様にと、ベルンハルト様に申し付けられております。もし使いづらい所がありましたら、仰ってください。すぐにでも交換いたします」

 アルベルトの声に、リーゼロッテは改めて部屋の中を見渡し、使い慣れたソファが設置されていることに安堵の息をもらした。

「ソファも運び入れて下さったのね。これでもう十分です」

 リーゼロッテは愛用のソファに腰を下ろすと、その身を背もたれに預ける。

「リーゼロッテ様がソファだけはお持ちになるとのことでしたので、そちらに置かせていただきました。配置も気に入らなければ何なりと」

「いいえ。こんなに素敵なお部屋、ありがとうございます。感謝いたします」

「それで、大変申し上げにくいのですが」

「何かありましたか?」

「専属の侍女、なのですが……」

 アルベルトの顔が見る見るうちに曇っていく。
 侍女が決まらなかったのだろうか。王城でも使用人たちが押し付けあっていたのを、リーゼロッテは知っている。専属などいらない、自分のことは自分でやってきた。
 普段の仕事の中に、リーゼロッテのことを入れてくれるだけでいいのだが。

(それすらも、断られているのかもしれない)

 リーゼロッテの顔色が悪くなっていくのがわかったであろうアルベルトが、大きく頭を下げた。

「申し訳ありません。お恥ずかしながらロイエンタール家では、これ以上継続して使用人を雇う余裕がありません」

「……へ?」

 アルベルトの思わぬ言葉に、聞いたこともない様な音がリーゼロッテの口から漏れる。

「いまの時期は大丈夫なのです。ただ、冬になり領地全体での食糧が不足し始めると、ベルンハルト様は領民へと財を放出してしまうので」

「財を……ほうしゅつ?」

「食糧にして分け与えてしまわれるのです」

 アルベルトの口から紡がれる言葉は、リーゼロッテの想像もつかないものばかりで、その言葉たちは塊となって頭の中の迷宮を彷徨う。

「え……っと。ちょ、ちょっと待って」

「はい。何でしょう」

「雇うことができなかったというのは、わたくしの専属になるから、ということではなくて?」

「はい?」

「ですから、わたくしの専属侍女となるのが嫌で、断られたのではなくて?」

「どうしてでしょうか?」

「どうして……って」

 周りに受け入れてもらえない理由を、自らの口で語るというのは、さすがにリーゼロッテでもためらわれてしまう。

「リーゼロッテ様の……ベルンハルト様の奥様になられる方の専属となることを、誰が嫌がりましょうか」

「誰って……」

「なりたい者は山の様にいるはずです。ただそれを雇うだけの余裕がありません。低い賃金で雇えば、質の悪い者が集まります。それだけは避けたいのです」

 避けたい理由はリーゼロッテにもわかる。ここには重要なものも多く保管されているはずだ。新しく雇った者がそういったものに目を奪われないとも限らない。
 だからこそ、満足するだけの賃金を出すべきで。
それができないから雇えないと、アルベルトの話はそういうことらしい。
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