魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
 ヘルムートに部屋に追い戻されたリーゼロッテはいつものようにソファでくつろぐ。考えごとをしたいときの指定席だ。
 そして、ヘルムートから聞いた話を反芻する。

 ロイスナーの冬がそれほど大変だとは思いもよらなかった。
 移動して間もなく二ヶ月が経とうとしている。それでも未だにリーゼロッテはお客さま扱いで、ベルンハルトが毎日何をしているかも満足にわかっていない。
 ベルンハルトの身の回りのことは、アルベルトが全て仕切っていて、手を出す隙もない。

 ベルンハルトに食事の同席を断られたのは移動してきたその日の夕食のことだ。
 今でもその記憶はありありと思い出すことができ、その度にリーゼロッテの心を冷やしていくのだが。


「奥様。どうぞ、お召し上がり下さい」

 あの日リーゼロッテの前に運ばれてきたのは温かそうなコーンスープ。
 広々とした食堂のテーブルには一人前のスープ。着席したのはベルンハルトとリーゼロッテの二人。
その一人前のスープが、リーゼロッテの目の前にある。
 その不可思議な光景に、リーゼロッテは首をかしげた。

「ベルンハルト様は? お召し上がりにならないのですか?」

 リーゼロッテのその声に、給仕をしていたアルベルトが固まる。
 そして、一時の沈黙が訪れ、それを打ち破るようにベルンハルトが言葉を発した。

「私は、後でいただきます。今はリーゼロッテ様だけで、お召し上がり下さい」

「……え? ど、どうしてですか? 一緒に召し上がったら良いじゃないですか」

「私はこれのせいで食事をしづらいものですから。後ほど、自室で食べます」

 そう言って、自分の顔につけられた仮面を指先で叩く。

「それならば、外したらいかがですか?」

 リーゼロッテの口をついて出たのは、至極当たり前の疑問。
 このやり取りをすれば、誰もが同じ疑問を口にするだろう。

「それはできません」

 その当然の疑問を、ベルンハルトは一言であしらった。

「どうしてですか?」

「この下には、人に見せるようなものではないものが隠されています。そんなものを見ながら食事など、不快にしかさせません」

「わたくし、平気ですよ」

 リーゼロッテがそう言うものの、ベルンハルトの表情はびくともしない。
 その後は何を言っても取り付く島もなく、そのうちに「食事が進まないようですので」そう言って出て行ってしまった。

 リーゼロッテとの結婚を承諾して、忌避することもなく話をしてくれるベルンハルトは、少しでも自分に好意を持ってくれているのではないかと、そう思っていたリーゼロッテは一気に谷底へ突き落とされた気がした。

 その日の食事は何の味もしなかった。
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