魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
 そんなわけで一人で暇になってしまったリーゼロッテは、今夜も温室へと足を伸ばす。昨夜とは違って、バルタザールから逃げる身ではない。何も気に病むことのない身で見る今夜の月は、一段と輝いて見えた。
 昨夜はゆっくり見ることの出来なかった花を一つ一つ丁寧に見て回る。
 きちんと手入れのされた花たちは、日暮れと共に眠りにつくもの、夜の深まりと共にその美しさを深めるもの、それぞれが楽しそうに今宵の時を過ごす。
 そこには耳障りな噂話も、嘲笑もない。一輪一輪が自分の姿に自信をもっているように見えた。

(私とは、大違いね)

 その美しい姿に見惚れながら、つい後ろ向きな思考が顔を出す。いつでも平気な顔をしているリーゼロッテの、本当の思いを知る者は誰もいない。
 この場にいる月と花だけが、その憂いに満ちた顔を見る。

 温室の中でどれぐらいの時間が経っただろう。月に、花たちに見守られながら、リーゼロッテは再びその気持ちを立て直した。
 夜も更け、いつのまにか遠くに聞こえた夜会の音楽も消え去る。きっと今夜はお開きになったのだろう。後は各々の客室で、小さなお茶会が開かれる。バルタザールも既に自室に戻ったに違いない。
 リーゼロッテも、そろそろ部屋に戻ろうと、温室の出口へと足を向ける。
 そして、一歩足を踏み出した時、リーゼロッテの足音が響くその前に、どこからか足音が聞こえてきた。

 温室の出入口は一つ。リーゼロッテが向かおうとしたその出入口から、入ってきた者がいる。
 こんな夜更けに、誰だろうか、不審に感じはするが、昨夜と違って隠れる必要もない。
 リーゼロッテはその場で立ち止まり、向かってくる相手を待った。
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