悪役令嬢の私を溺愛した冷徹公爵様が、私と結ばれるため何度もループしてやり直している!?〜私はドレスを作って穏やかに過ごしたいだけ〜
きっと数分だったのであろう。

一曲踊り切ったレベッカは、ほっと息をつく。

自分が転んだらクロードに恥をかかせてしまう、と思い体がこわばっていたが、途中からは自由に楽しく踊ることができた。

短い休憩を挟み、また音楽が鳴り始めそうだったが、すっかり緊張の糸が解けてしまった。


「よく頑張った、少し休憩しよう」


レベッカの右手を握ったままだったクロードは、ダンススペースを離れ、壁際の円卓が置いてある場所へとそっと移動した。


「夜風に当たろうか」


近くには、テラスに出られる窓があったので、レベッカは頷きクロードの後ろを付いていく。





テラスに出ると、心地よい風がレベッカの頬を撫でる。

赤いロングヘアーをなびかせ、肩を出した黒いマーメイドドレスを着たレベッカは、テラスの手すりに手を置き大きく深呼吸した。

クロードが水を入れたグラスを持ってきてくれたので、礼を言って受け取る。

口をつけると、冷えた水が喉を通るのが気持ちよく、ごくごくと一気に飲み干してしまった。


「ふぅー緊張した……!」


とそこで、自分は貴族の令嬢で、こんな風に居酒屋で駆けつけ一杯生ビール一気、みたいに飲み干すのは下品だと気がつく。


「お、おほほ……踊って喉が渇きましてね…?」


グラスについた口紅を拭きつつ、体裁を取り繕う。

しかしクロードは軽蔑するわけでもなく、そうだな、と同意してレベッカの隣に立ち、手すりにもたれかかった。


「エスコートしていただき、ありがとうございました」

「いや、俺も楽しかった」


いくらか表情が柔らかな彼は、夜空を見上げながら呟く。


「ずっと練習ばかりさせられてきたが、人前で踊ったのは初めてだったから」


あれだけステップの上手い彼ならば何度も舞踏会を経験しているのかと思ったが、意外であった。
それと同時に、初めて踊るのが、ダンス初心者の悪役令嬢で申し訳なかったと、後悔する。



「私が初めてのダンスの相手で申し訳ございません。
あんな泣き言言われたら、男性なら誘わざるを得ないですものね」


自分はあくまでも、美しい登場人物たちの衣装を作る裏方でいいのに、欲が出てしまったと恥ずかしく思う。

しかし、


「いや」

穏やかな低い声が否定をする。


「嬉しかったよ」

クロードは煩わしくなったのか、固めた前髪を下すと、夜風が彼の銀髪を揺らす。


「……夢みたいだ」

ぽつり、とクロードが囁いた言葉が、二人しかいないテラスに響く。

え? とレベッカが聞き返すと、前髪を下ろしたクロードが何故か泣きそうな顔をして微笑んでいた。

まるで夢を見ているかのような、星の光が照らす二人きりの空間。

レベッカが何か言おうとした時、部屋の中で歓声があがった。

何事かと目線を向けると、広間の中心でユリウスがレベッカの手を取り何かを言っている。

テラスの入り口にいる女子から、ユリウス様がリリアにプロポーズをしている! という声が聞こえた。


「え!」


レベッカは驚き声をあげて、リリアの応援をしに行こうと、胸を躍らせて入り口へと一歩踏み出した。

しかし、その腕を掴み、クロードが制止した。


「行かないでくれ」


眉を寄せ、悲痛な顔での訴え。


「……ユリウスのことを見ないでくれ」


それは初めて見た、彼のわがままな本心だった。

深く青い瞳は、驚いた顔の赤い髪の少女を写している。

離すまいと、繋いだ手に力を込める。


「俺はずっと、君だけを見ていた。何度も何度も、君と結ばれたくて、人生をやり直していたんだ」


急に告げられた真剣な言葉に、レベッカは言葉を失った。

銀髪の青年、クロードは、もう長い時間悩んでいた想いを吐き出す。



「俺の願いは、たった一つだけだ」



クロードはそっとひざまずくと、レベッカの手を取り、その甲に口付けをした。

まるで、おとぎ話の王子様が、お姫様に求婚する際にするような、夢のような景色。

そして、顔を真っ赤にするレベッカを見上げる。



「俺を選んでくれ、レベッカ」



それは、冷徹公爵と畏れられる彼の、心からの願いであった。
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