悪役令嬢の私を溺愛した冷徹公爵様が、私と結ばれるため何度もループしてやり直している!?〜私はドレスを作って穏やかに過ごしたいだけ〜
レベッカ・エイブラム嬢への追放令は、すぐに行使される。

学園の寮からはスーツケース一つで追い出され、彼女の部屋は空っぽになっていた。

座る生徒がいない教室の窓際の席も、その寂しげな景色も次第に馴染んでいった。



レベッカが北国に行く日、俺は朝からエイブラム家の屋敷の前へと走る。

まだ陽も上がっていない、薄暗い早朝。

近所の人の目を盗むかのように、何人もの使用人が荷物を運び出し、準備をしていた。

その表情は暗く、陰鬱だ。


「レベッカ!」


馬車のそばに、赤い髪のレベッカを見つけ声をかける。


「クロード様、どうして……」


寮からエイブラム邸までは随分距離がある。早朝に抜け出してきた俺に驚いているようだった。


「お見送りに来てくださったのですか」


膝に手をつき、息を正している俺に、優しく声をかける。

万年北風が吹き晒す地に赴くため、レベッカは冬用の黒いローブを肩にかけていた。

北方の開拓地は、常に寒く、農作物もろくに育たない不毛の地だと聞く。

故に治安も悪く、彼女のような見るからに貴族の出の娘が向かったら、命の心配さえある。


「すまない、ユリウスが勝手なことを…やはり俺が、すぐに誤解を解くべきだった」


悪い噂など気にしないという、気丈なレベッカに合わせて、何も行動をしなかった自分が悔やまれる。
しかし、レベッカはゆっくりと首を横に振った。


「いいえ。クロード様が何を言っても、ユリウス様はリリアの言葉を信じたでしょう」


レベッカの冷静な言葉に、思わず押し黙る。

恋は盲目とはよく言ったものだ。確かに、ユリウスは俺の忠告など聞きはしなかった。

年配の従者が、出発の準備ができたとレベッカに声をかける。


別れの時間だ。


「クロード様と、放課後に教室で話すのが、とても楽しかったです。
 あの時間だけ、飾らない本当の自分でいられるような気がしましたわ」

優雅に微笑むレベッカの顔は、今日も凛と、美しかった。


「俺も、」


行かないでくれ。


「……俺も、楽しかったよ」


強く願う言葉は、喉に引っかかり発することができなかった。

ええ、とレベッカは頷き、泣きそうな顔で、それでも気高く微笑んだ。


「どうかあなたは、後悔せぬ生き方を」


そう言って頭を下げると、馬車の中へと歩みを進めた。

後悔しているのは、今この瞬間だ。

俺は家柄のしがらみに囚われて、君を助けることができない、臆病者の大馬鹿者だ。

親友の皇太子に嫌われようが、あざとい一番人気の女子に侮蔑されようが、声をあげてレベッカは悪くないとあの日言うべきだった。

馬の蹄の音が響き、馬車は遠く離れていく。

馬車の中で座るレベッカは、俺の姿が見えなくなるまで振り返り、そっと泣いていた。

ずっと我慢していたんだろう。その涙を、拭ってあげられないのが許せなかった。

ポケットの中の、彼女の縫った刺繍がされたハンカチを握りしめる。


 
もしも願いが叶うのならば。


次は絶対に、君を幸せにする。


誰も敵を作らず、君の評判を落とさず、俺が君を守る。
拳を強く握り締め、奥歯を噛み締めた。

もう二度と会えないなんて、耐えられない。


感じたことのない強い後悔と絶望感に苛まれ、瞼を閉じた。



✳︎ ✳︎ ✳︎



どのくらい眠っていたのだろう。

小鳥のさえずりと、草木が風に揺れる音が鼓膜を揺らした。


「おい、クロード、起きろって」


ゆっくりと目を開く。

視界には、園庭の新緑と、金髪をなびかせた高貴な男友達の顔。


「クロード。勉強会も終わったし、ちょっと気晴らしに散歩でもしよう」


 
 前に聞いた全く同じセリフ、同じ笑顔で、園庭のベンチでうたた寝をした俺をユリウスが起こしてきた。
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