悪役令嬢の私を溺愛した冷徹公爵様が、私と結ばれるため何度もループしてやり直している!?〜私はドレスを作って穏やかに過ごしたいだけ〜
第4章 何度も繰り返す
最初、頭の処理が追いつかなかった。

 勉強会が終わり、園庭のベンチに座り、俺は思わずうたた寝をしてしまう。

 それを、後から来たユリウスが肩を叩き起こす。
 膝の上に置いている本も、木漏れ日の色も、風の匂いさえ、数ヶ月前と同じだったのだから。


「……過去に、戻った…のか…?」


もう一度人生をやり直したい、という強い願いが叶ったというのか?


「ユリウス、今日って何日だ」

「おいおい、寝ぼけてるのか?」


そんな寓話のような上手い話あるものかと、ユリウスに今日の日付を聞いたら、当たり前のように数ヶ月前の勉強会の日付を伝えてきた。

やはり当たっているようだ。何故戻れたのかはわからないが、俺は人生の「やり直し」ができたらしい。

そうだ、レベッカは。

今目の前にいる皇太子が舞踏会で追放を宣言し、北の荒地へ去ってしまった、赤毛の令嬢。

勉強会の帰りに戻ったのなら、帰り道にレベッカとリリアが言い争いをしているはずだ。

俺は立ち上がると、園庭を横切り学園の廊下へと足を踏み入れる。

慌てた様子の俺をユリウスが追いかけてくる。

長い廊下の奥、目を凝らすと、今まさにレベッカとリリアが向かい合って話をしているところだった。

よかった、レベッカがまだ学園にいる。

遠い北国へ追放された彼女が、制服を着て廊下に立っていることに喜びを覚えた。


「クラスメイトなんだから、気さくに呼んだっていいでしょ?」


リリアは正面に立つレベッカにそう言うと、ふいと顔を背けてしまった。


「あなた、身の程を知りなさい……!皇太子にそんな呼び方、あり得ないわ」


レベッカは注意しているが、リリアは嫌そうな顔している。

こちらを向くように、肩を触ろうとレベッカが手を伸ばしたら、それを避けるようにリリアが体をひねった。

その瞬間、細いピンヒールを履いたリリアの体勢がよろけた。

レベッカ、やはり君の言葉に嘘はなかったのだな。
リリアを突き飛ばしてなんかいないし、自分でバランスを崩しただけだったんだ。

俺の頭の中に、さまざまな情景が思い返された。

転んだリリアを医務室に連れて行くユリウス、その日から悪い噂が立ち、一人で放課後椅子に座ってうつむいているレベッカ。

 舞踏会で追放令を言われ、一人寂しく馬車で去っていく後ろ姿。


リリアを転ばせてはいけない。


そう思った時にはすでに走り出していた。

ユリウスの驚いた声を背中で聞きながら、俺は今まさに転ぶリリアに手を伸ばし、その細い腰を支えた。


「きゃあっーーー!」


小さい悲鳴をあげたリリアを、しっかりと抱き留める。

華奢な彼女は、体重を感じさせないほど軽かった。
リリアの大きなブラウンの瞳が、息を切らせている俺を映している。

何が起こったのかわかっていない無垢な瞳。


「……怪我はないか」


俺は小さく問い、リリアが頷くのを見て、彼女の体勢を正した。

自分の足で立ったリリアは、呆然と俺の顔を見ている。


「すごいなクロード、まるで彼女が転ぶのをわかっていたみたいだ」


驚いたユリウスが、ゆっくりと歩いて拍手している。人助けをした俺を称賛しているようだ。


「たまたまだ」


以前見たことがあるなど、言っても信じてもらえないだろう。

レベッカの方を振り向くと、少しばつの悪そうな顔をして、そっと自分の手を握っていた。

言い争いをしているの見られたくなかったのだろう。


「君も大丈夫か」


レベッカに尋ねると、ゆっくりと頷いた。

よかった。これで、きっとレベッカの悪い噂は流れないはずだ。

濡れ衣を被り、皇太子の機嫌を損ね、追放令を食らった悲劇の令嬢。

俺はほっと息をつき、事態を変えることができた事に安堵した。


「会話の邪魔してすまなかった。では」


そのまま踵を返し、寮の方へと向かう。

唖然とした女子二人が、俺の横顔を見ているのがわかった。


「クロードが女子の喧嘩仲裁するなんて、明日は雪が降るんじゃないか?」


ユリウスが面白そうに言うものだから、小さく同意する。


「――そうかもな」


季節外れの雪どころではないことが起こったのだ。
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