悪役令嬢の私を溺愛した冷徹公爵様が、私と結ばれるため何度もループしてやり直している!?〜私はドレスを作って穏やかに過ごしたいだけ〜
 学園が休みの日に、一度自分の屋敷に帰った。

 すると両親と二人の兄は、久々に会った息子の俺への挨拶やねぎらいの言葉も早々に、ルーベルト家のご令嬢と舞踏会を踊り、婚約するように命じてきた。

 格下の伯爵家の令嬢とじゃ、名が落ちるではないのかと抵抗したが、ルーベルト家は数年で成り上がった勢いもあるし、親友であるユリウス皇太子の列席もあれば、今後ともライネス家は安泰に違いない、と熱弁された。

 どうやら俺の家族は、目先の金が欲しいようだ。

 意思も無く、望みもなく、人形のように操られて生きてきた「冷徹公爵」である俺に、否定権はなかった。

「クロード、舞踏会にリリアと踊るんだって?」

 昼食の時間、二人で食事をしていたら、ユリウスに尋ねられた。

 もうずっと食欲のない俺は、フォークでサラダをつつく。


「ああ、そうみたいだな」

「みたいだなって、他人事じゃないんだから」


 気の利いた俺の冗談だと思ったユリウスは、けらけらと笑っている。

 色々な思いが頭を巡り、憂鬱な毎日が続く。


「…ユリウスは、嫌じゃないのか。
 リリアと俺が踊るのは」


 前回の舞踏会では、リリアと踊ったのはユリウスだ。公衆の面前でプロポーズをしたのも、昨日のことのように覚えている。

 だと言うのに、今回は全く彼女に興味がない様子だ。


「リリアは人気だし、確かに可愛いと思うけど、さすがに親友が踊る相手を横取りしようとは思わないよ」


 応援してる、と笑う皇太子の友人の顔を見て、内心ため息をつく。
 
 こんなにも運命が変わるものなのか?



 移動教室の時についてきたり、授業のわからないところを聞いてきたり、リリアの俺に対する好意は周りから見ても明らかだった。

 舞踏会で踊るパートナーだと言うのも、自分で女友達に吹聴しているらしく、俺たちは公然の仲になっていた。

 廊下を歩いていた時、様々な思いが頭の中を巡っている陰鬱な俺の前を、赤く長い髪を揺らしレベッカが通り過ぎた。


「レベッカ、待って……」


 待ってくれ、と引き留めようと思い、言葉が途中で途切れた。

 振り返り、レベッカは話したこともない俺に急に声をかけられ、不思議そうな顔をしたからだ。


「? クロード様、どうされましたの?」


 そうだった。『今回』は、彼女とは一切話してなどいない。

 放課後の教室で彼女と他愛のない話をして笑い合っていたのは、俺にしかない『前回の』記憶だ。


「いや…なんでもない」


 ただのクラスメイトでしかない俺が、リリアと婚約しようが、彼女の知ったことではない。

 そう言うと不思議そうに会釈し、先を歩く他の女子たちと楽しげに話しをしに行ってしまった。

 悪い噂が広まり、ひとりぼっちな彼女と、放課後で話したのを思い出す。

 そもそも、気は強いが勉強もできて家柄も良いレベッカだ。女子の友達に囲まれ、冷酷公爵の俺となど話す必要はなかった。


 これで良かったんだ。



 俺の意思とは関係なく、縁談はとんとん拍子に進んだ。

 舞踏会で踊り、お似合いのカップルだともてはやされたルーベルト家の令嬢と、ライネス家の三男は、すぐに婚約する事になった。


 紙吹雪が舞い、白いタキシードに身を包んだ俺を見て、ユリウスが皇族の席から拍手していた。


「リリアは幸せです、クロード様」

 教会の鐘の下、潤んだ瞳のドレス姿のリリアが俺を見上げていても、俺の頭に浮かぶのはレベッカの姿だ。

これでいい。君が傷付かず、遠い地へ行かなくても良いなら。


「…俺もだよ」


 心にもないことを言うのにはもう慣れた。

 元々、貴族は家同士の契約結婚が常だ。三男で役立たずの俺に、妻の選択権などない。

ああ、でも。

『どうか後悔のない人生を』


遠くの地へ去るレベッカの、別れ際の言葉が、何故か忘れられない。



*  * *


ゆっくりと、重い瞼を開く。


「クロード。勉強会も終わったし、ちょっと気晴らしに散歩でもしよう」


 園庭のベンチに座る俺の肩を揺らす、ユリウスの声。


 まただ。
 またこの日に戻ってきた。


 すぐにわかった。きっとこれを望んでいたからだ。


「くく……ははっ」


 目覚めた俺は、思わず笑ってしまった。


「……よっぽど嫌だったんだな、あの結婚」


 リリアとの結婚が、人生をやり直したいぐらい深い後悔につながるだなんて。

 三度目の勉強会の日。

 終わらない不毛な繰り返しに、笑いが止まらなかった。
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