政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~
春一番
ピー、ピー、ピー。
(何の音だ?)
深い眠りに落ちていた白川結都が覚醒するには、少し時間がかかった。
消防署からの緊急指令の音ではないし、目覚ましのアラームでもない。
今日は非番だから、外がまだ薄暗い時間に目覚まし時計をセットした記憶もない。
数秒のちに、やっとスマートフォンの着信音だと気がついた。
「もしもし」
結都は冬でも上半身はなにも身につけないで寝るのが習慣だ。
布団からスマホに腕を伸ばしたら、鍛えあげた筋肉でもさすがに冷気を感じる。
なんとか電話にでたら、寝起きのかすれた声になってしまった。
相手には聞こえづらいかもしれない。
『やっと出たか』
「父さん⁉」
いきなり耳に届いた声で、結都はいっきに目が覚めた。
今日は厄日のようだ。よりによって、朝から父と会話しなくてはならないなんて。
『久しぶりだな』
「はい」
『変わりはないか』
「とくには」
時おりかかってくる父からの電話だ。数カ月前とまったく同じ問いかけだったので、なんの用だろうと疑問すら感じる。
『五月に、そっち方面へ視察に行く予定だ』
「はあ」
『食事でもどうかな』
「勤務次第ですが」
『わかった。予定を榊原にでも送っておいてくれ。こっちで調整する』
「はい」
結都の父、白川正親は、リゾート開発から運輸業までいくつもの子会社を束ねている白川ホールディングスの社長という激務をこなしている。
榊原はプライベートから仕事まで、正親の秒単位のスケジュール管理を任せられている優秀な秘書だ。
父に振り回されたのか忙しすぎたのか、独身のまま五十代なっているはずだ。
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