政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~



紗彩は頼まれたらどんな仕事でもするが、所属しているのは研究開発室だ。
聞こえはいいが、実際は本社ビルの裏に隣接していた平屋建ての倉庫の一部を改築したものだ。
倉庫部分を上空から見たら、本社の一部から飛び出している煙突のようないびつな形だろう。

一階奥の重いドアを開けたら廊下に出る。右側のガラス越しに作業風景がよく見えるのが研究開発室だ。
廊下の突き当りには木製の引き戸があって、改築の時に手つかずで残された倉庫に繋がっている。
誰がこんな形にしたのか謎だが、おそらく古い資料や書類置き場にでもするつもりだったのだろう。
ペーパーレスの時代となった今では利用価値がないし、元が倉庫だけあって小さな窓しかないから廊下には常時照明が必要だ。
無駄に光熱費がかかるから人感センサーつきのものに交換したが、母とも『新しい研究室が欲しいね』と話し合っている。
いらない倉庫部分だけでも取り壊したいが、撤去するとなるとコンクリートの処理だけでも意外にお金がかかるとわかった。
少しでも出費を押さえたいので、答えが出せないままだ。

研究開発室のメンバーは室長の末長(すえなが)と、研究員の島村(しまむら)と紗彩、それに調理師の野上(のがみ)の四人だが、忙しい時はパート社員が手伝ってくれている。
末長は父の代から勤めてくれている古株だ。
島村は妻と子ども第一主義で、紗彩に人気の店の情報をいち早く教えてくれる美味しいものに目がない人だ。
野上はふたりの子どもを育てているシングルマザーだ。子育て中の主婦目線から紗彩にアドバイスしてくれて、とても助かっている。
四人全員でレシピ開発や素材集めからデータの収集までこなすフル回転の部署だが、そのぶんチームワークはいい。
みんなでがんばって、丸山牧場の生乳を使ったヨーグルトをヒットさせたいし、チーズやアイスクリームにも挑戦していく予定だ。

「さて、今日もがんばりますか」

紗彩は今日の予定を組みたてながら、研究開発室専用のロッカーで白衣に着替えた。





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