1日限りのニセ恋人のはずが、精鋭消防士と契約婚!?情熱的な愛で蕩かされています
とうとう停電したのか、辺りは真っ暗になっている。
それでも暗闇の中、秋葉はフラフラと夢遊病者のように倉庫の中を歩いた。
焦げ臭いにおい、目に染みる煙、そんなものより過去の自分への憐れみの方が勝っていた。
まだ梶谷乳業へ入ったばかりのころ、内気で人と話すのが苦手だった秋葉に親切にしてくれたのが山岡だった。
父親と同じくらい年は離れていたが、優しくて頼りがいのある山岡に秋葉はどんどんひかれていった。
梶谷乳業は順調に業績を伸ばしていて、社員も温かい人ばかりだ。
あまりの居心地のよさに、気がつくと三十になっていた。
すっかり結婚とは縁遠くなっていた秋葉と山岡が、男女の関係になったのはそのころだったろうか。
『妻とは終わっているんだ』
『子どもが大きくなったら離婚する』
『待っていてくれ』
そんな言葉を信じた自分がバカだった。
今ごろ山岡は海外にでも逃げようと慌てて準備していることだろう。
ポケットに手をつっこんでUSBを弄びながら、秋葉はご機嫌だった。
「逃げてもむだよ」
どこの派出所に行こうか、それとも警察署? 消防署?と迷いながら歩く。
社内のあちこちでけたたましく鳴リ出した火災報知機の音、工場から駆けつけている人の群れは、秋葉には現実のものとして映ってはいなかった。
「こんなもの」
秋葉はポイっとライターを捨てた。
『家ではタバコが吸えないんだ』と愚痴る山岡のために、秋葉のマンションでもホテルでも彼のタバコに火をつけるのは彼女の役目だったのだ。
「ぜ~んぶ、燃えちゃえ」
秋葉は楽しそうに現場から離れていった。