政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~
「えっと、あれは友人に頼まれていたので」
女性が小声で話しながら口ごもった。
ダブルワークなのだろうか。会社に知られたくないなら、ここでは話さない方がよさそうだ。
「廊下の突き当たりにある引き戸から外に出られるんですか?」
話題を変えようと、結都は本来の点検業務の質問に切り替えた。
研究室の前の廊下の一番奥にある引き戸が気になった。戸の前に段ボール箱が重ねて置いてあったのだ。
「以前は、この建物全体が倉庫だったんです。手前の三分の二くらいを改築したのですが、戸の向こうは倉庫のままです」
「この引き戸から直接外に出られるわけではないんですね」
結都は初めての場所だから、詳しく聞いてみた。
「はい。戸の向こうは倉庫です」
「入り口はここだけですか?」
「倉庫の出入り口は別にあります。倉庫部分だけでも取り壊せたらいいのですが、なかなか難しくて」
顔には出さなかったが、彼女が経営者のような話し方をするのに結都は驚いた。
まだ二十代の彼女にどんな権限があるのだろうと、ふと考えてしまった。
「ここに荷物は置かないでください。もし火災が起こったら避難口をふさいでしまいます」
「研究室からだと本館の非常口に行くより、この引き戸から倉庫の出入り口を使った方が外に出やすいでしょう」
三枝も同意している。
「普段使っていないので、空いた段ボール箱の置き場になっていました。ここに荷物を置かないように徹底します」
丁寧な受け答えだった。病院で受付をしていたときの内気そうな表情とは違って、今日は堂々としている。
その差が気になって、結都は思わずじっと見つめてしまった。
小柄で華奢な体つき、そんなに長い髪ではなかったと思うが、今はひとつにまとめてネットをかぶっている。
化粧っ気はないのに、きめ細かな肌にピンクの頬。
唇にもまったく紅の色はないから学生のように幼げなのに、口調は落ち着いていて知的だ。
そのアンバランスさに、妙にひかれるものがある。
「室内に危険物はありませんね」
「はい」
三枝の問いに答えている彼女の声は、細いがよく通る。
「では、念のため倉庫を拝見します」
「お願いします」