政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~
連理草
紗彩が目覚めたのは翌日の午後だった。
うっすらと目を開けたと思ったら、すぐにパチパチとまばたきをしている。
「紗彩、わかるか?」
ポカンとした表情のまま、結都の方に顔を向けてきた。
「私……あ……」
かすれた声を出そうとしていたが、見る見る紗彩の表情が変わっていく。
そして、声にならない悲鳴をあげた。
「しゃべるな、紗彩。煙で喉を傷めているんだ」
布団を被るように引き上げてガタガタと震え始めた紗彩を、結都は優しく覆うようにして抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫だよ」
結都の胸元で、浅い呼吸を繰り返す紗彩。
「大丈夫だ」と同じ言葉を何度もくりかえして、呼吸が落ちつくのを待った。
しだいに震えが治まってきたのを感じてから、ゆっくりと紗彩の額にかかる髪をすくってなでつけた。
安心したのか、左右に視線を向けている。ここがどこか、わからないのだろう。
「足立病院だ。君は廊下に倒れていた」
結都の言葉に紗彩は不思議そうな顔をする。
昨夜の記憶がないのかと結都は少し不安になったが、紗彩の表情はしっかりしている。
ペットボトルにストローを差し込んで水分をとらせようとしたが、うまく吸い上げられないようだ。
結都は水を口に含むと、そっと紗彩の唇から流し込んでやった。それを二、三度繰り返すと、やっと声が出せるようになった。
「わたし……」
かすれた声で紗彩が言うには、書類を隠そうとしている山岡を見つけ、一階のフロアで話している最中に倒れたそうだ。
「じゃあ、研究室前の廊下にわざわざ運ばれたってことか」
コクコクとうなずくから、当時の状況に間違いなさそうだ。
フロアと研究室の間のドアが閉まっていたから紗彩は助かったようなものだと、あらためてゾッとする。
それに去年の防災訓練のあと、一階フロアのカーテンを防炎性の高いものに変えていたのも幸いだった。
火事は不幸なことだったが、いくつもの偶然が被害を最小限に押さえてくれたようだ。