政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~





命を救う仕事がこの世界にはある。
なんだか大げさな言い方だが、子ども心にそんな職業につきたいと思った。

東京に帰ってから父にその話をすると、取り合ってはくれなかった。
父は白川ホールディングスという大きな組織を率いている。

『お前は白川家を継ぐために生まれてきたんだよ』
『他の職業につくという選択肢はないんだ』

何度訴えても父の返事は同じだった。決められた人生を歩きたくない気持が湧きおこった。
その頃からだろうか。結都は心から笑うことから縁遠くなってしまった。

消防士になりたいという気持ちは、日に日に強くなっていく。
結都はその夢を誰にも告げず、胸に秘めたまま行動に移すことにした。

大学に合格したことをきっかけに、家を出てひとり暮らしを始めた。
就職の時には、この街を選んで公務員採用試験を受けた。
まさか父も勝手にそこまでするとは思っていなかったのだろう。ひどく怒られたが、自分の意志を曲げなかった。
父との関係がこじれてから、母に苦労させてしまったことは申し訳ないと思っている。
そのうち結都を跡継ぎにすることを父は諦めたのだろう。たまに顔を合わせても呆れた顔をするだけで、なにも言わなくなった。

採用試験に無事合格して、消防学校で半年間学んで消防士になった。
とうとう父は折れて消防士になることは認めてくれたが、ひとつだけ条件をつけてきた。

『早く結婚して、跡継ぎをつくれ』

白川ホールディングスの創業者一族として、代々受け継いできた社長の座だ。
父はまだ若いから引退するまで先は長い。結都の子を跡継ぎにしようと考えたようだ。
早く結婚して子どもを作らせて、その子を後継者に相応しく父の手で育てようというわけだ。

『結婚して子どもを持つんだ』
『男でも女でも、たくさん子どもがいた方がいい』

わが父ながら、とんでもないことを言いだしたものだ。

結婚なんて、まだ先だと思っていた。
それに妻となる女性にも、どんな人生を歩みたいか希望や理想はあるだろう。
それを無視して、家のために子どもを産ませろというのか。

父の時代錯誤な考えを聞いてしまってから、ますます結婚する気がなくなった。
とりあえずわかったふりをしておいて、父が諦めるのを待とうと考えた。
後継者なら、白川家の親族の中にだって社内にだってふさわしい人物は大勢いるのだから。

だが俺のごまかしにも、ついにリミットがきたようだ。
父がわざわざ会いに来るのは、結婚をせかすためだろう。

なんとか言い逃れる方法を探さなければいけない。
今の仕事を続けるために結都が取れる道は結婚しかないなんて、誰にも言えないバカげた悩みだった。







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