政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~
「山岡さんの紹介なんだけど、あなたにどうかって言われているの」
「お見合いなんて」
紗彩が断る前に、母が早口でまくし立ててきた。
「こんどの新製品を発売するために山岡さんに試算してもらったら、ものすごく初期投資の費用がかさむらしいの。丸山牧場から生乳を運んでくる輸送費、新しく製造ラインを作らなくちゃ量産体制が整わないし、銀行からお金を借りようにも返済が残っているし、今の業績だと難しいかもって……」
「ちょっと待って、お母さん! そんないっぺんに言われても」
紗彩の頭の中で、整理が追いつかない。
もちろん新製品を売りだすとなると設備や人材の確保、広告宣伝費など考えることは山ほどある。
まさかそれが出来ないくらい梶谷乳業の経営がひっ迫しているなんて思ってもいなかった。
「そこまで経営状態は悪かったの?」
母は黙ってうなずいた。
自分はなんて呑気だったのだろう。美味しい商品を作って売り出せば、会社のためになると思い込んでいた。
「あのね、相手の方はうちの会社の援助をしてもいいっておっしゃってくださってるみたいで」
「お母さん」
今度は紗彩が話しを遮った。
「初期投資についてはもう少し考えさせて。今のままでもなんとかなる方法を工場長の田村さんと考えてみる」
「紗彩」
「それと、会社と私の結婚を結びつけないで。きっぱりお断りしてください!」
紗彩は母の顔も見ずに、ホールから飛び出した。
いきなりの結婚話から逃げたくて、ただ走り出してしまったのだ。
***
中学や高校の頃は、女友だちと好きな男の子の話しで盛りあがった。
大学に入ってからは恋人と呼べそうな人と付き合って、幸せな気分になったものだ。
だが、紗彩の心には傷が残っている。
お付き合いしていた人とは父が入院してから、疎遠になってしまった。
こちらから連絡できなかったのは申し訳なかったが、その人には新しい出会いがあったようだ。
『ゴメン。好きな子ができた』
彼からのひと言で終わってしまった。あの頃はいろいろ重なって辛かった。
気分的に落ち込んでいたこともあって、自分が魅力のないつまらない人間に思えたものだ。
希実から『紗彩も忙しいのを理由にしてちゃだめよ』と次の恋をするようにと暗に言われたが、確かに恋人がいないのを仕事のせいにしていた自覚はある。
(なのに、いきなりお見合いだなんて)
作られた出会いや、会社のための政略結婚は遠慮したい。
いつか大好きな人ができたときに、その人と結婚する未来を潰したくはなかった。
ふと、白川結都の顔が浮かんだ。
病院で会った時は訓練用のスポーツウエアだったけど、会社に防災点検でやってきたときの紺の制服姿はキリッとして素敵だった。
几帳面そうな表情からは無口な人かなと思っていたら、防火について語るときはとても熱心で、わかりやすく説明してくれた。
それに病院で受付した時に見せてくれた微笑みも忘れられない。
こんな時にどうして結都のことを思い出すのか、紗彩は釈然としなかった。