政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~


夕方のラッシュのせいで、六時少し前にホテルに着いた。
小走りで一階のロビーを抜けてパーティー会場へ向かうと、入り口に希実の婚約者の柾の姿が見えた。
腕時計を気にするそぶりをしているから、待ちかねてソワソワしていたのだろう。

「お待たせしました~」
「こんばんは。ご招待ありがとうございます」

グレーのスーツ姿の柾はメガネのよく似合う、優しそうな男性だ。
五歳年上ということもあって落ち着いた印象だし、物腰まで柔らかい。

「希実のことだからギリギリになるとは思っていたよ」
「女の子の支度には時間がかかるんですう」

わざとむくれた顔をする希実を、柾は愛おしそうに見つめている。

(希実は出会った瞬間に『結婚するならこの人だ』と思ったらしいけど)

ふたりが婚約するまで、あっという間だった。
今の柾の表情を見てしまうと、きっと彼も希実と同じ気持ちだったのだろう。
世の中にはこんな出会いもあるんだなと、紗彩は仕事がらみのお見合いの話と比較して少し落ち込んでしまった。

「ごめんなさい、私に手をかけてくれてたの」
「かわいいでしょ。紗彩」
「そういえば、いつもよりおしゃれだね」

柾は美しい婚約者しか目に入っていないだろうに、社交辞令で紗彩のことまでほめてくれた。

「梶谷さんに紹介したい人が大勢いるから、挨拶がんばって」
「ありがとうございます」

今夜は梶谷乳業の社長の娘、つまり後継者として初めて青年会議所の集まり出席するのだ。
紗彩は緊張で頬が引きつりそうになりながらも、なんとか微笑みを浮かべる。

柾の案内で会場に入ると、もう大勢の人が談笑していた。
形式ばったパーティーではなく、立食式のカジュアルな会のようだ。

(思ったとおり、いろんな職種の人が集まっているわ)
 
この街で有名な、老舗の跡継ぎの顔が見える。
これから成長が見込めるIT企業を立ち上げた人や、建築デザイナーも出席していると柾が教えてくれた。

地方都市とはいえ、この街は県庁所在地だし東京からの交通の便もいい。
市の中心地から少し離れたところには工業団地があって、最新の電子機器を製造する会社や大手の運輸会社の倉庫を誘致している。

将来を見据える若い経営者や後継者たちにとって、気軽に仲間を作ったり情報交換したりする場は大切なのだ。

開会の挨拶と乾杯のあとは自由に歓談して過ごすことになっているらしい。
希実の後押しもあって、紗彩は柾の知人たちに挨拶して回ることにした。

柾は紗彩のことを梶谷乳業のひとり娘というだけでなく、商品開発を担当しているということをきちんと紹介してくれた。
もちろん自分の婚約者の友人だと付け加えるのも忘れてはいない。

『新社長になってからの業績の伸びは』とストレートな質問を受けることもあったが、紗彩は新しい商品を開発中だと堂々と答える。

(ここでは新製品をアピールして、会社の経営に安心感を持ってもらわなくちゃ)

山岡の勧める縁談を断った以上、紗彩は現実と向き合おうとしている。
これまで以上に、会社のためにできることはなんでもしようと意気込んだ。





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