政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~



様々な業種の人たちに挨拶したり、事業についての質問に答えたりしていたら一時間くらいは経っただろうか。
ひととおり話し終えてホッとひと息ついたら、喉がカラカラだった。

「お疲れさん。よく頑張ったね」
「柾さんありがとう。おかげでいろんな方にご挨拶できたわ」

「なにかあったら声かけてくれよ」

希実のところへ戻る柾とはいったん別れ、紗彩はウエイターからノンアルコールのドリンクを受け取った。

(軽く食べようかな)

出席者たちは会場のあちこちで食事をとりながら賑やかにおしゃべりしている。
最初のうちは堅苦しい空気だったが、少々アルコールが入ったせいかリラックスした雰囲気に変わっていた。
年齢層に合わせたアップテンポのBGMが流れ始めて、踊りだす人もいるくらいだ。

(みんな楽しそう)

オードブルやローストビーフなどの料理を見ても、なにも食べる気になれない。
久しぶりに華やかな場所にきて、思った以上に緊張していたようだ。
それに紗彩は梶谷乳業の後継者として初めて味わう責任の重さも感じていた。
これくらいで疲れるなんてまだまだ未熟だなと思いながら、希実たちはどこかと会場を見渡してみる。
少し離れた場所で、グラスを傾けながら楽しそうに柾と寄り添っているのが見えた。
その周りに、華やかな男女が数人集まっている。

(恋人とか、婚約者のいる人たちだわ)

婚約式とか結婚式が近い人たちばかりで盛りあがっているのだろう。
さすがに自分には縁のない世界だと、紗彩は希実と合流するのを諦めた。

(ご挨拶したかった人には会えたし、そろそろ失礼しよう)

自由散会だから失礼にはならないだろうし、ドレスは後日クリーニングしてから返せばいい。
【疲れたから先に帰るね】と希実にメッセージを送っておけば、わかってくれるだろう。

そう決めて、紗彩は扉を開けて廊下に出た。

明るくて賑やかだった会場から一歩出ると、シンと静かで妙な気分だ。
廊下にはそれほど照明が多くないから、別世界のようだ。

「梶谷さん」

ロビーに向って歩き出そうとしたら、後ろから声をかけられた。

「梶谷紗彩さんですよね」

明るい茶色に髪を染めた若い男性が、こちらに駆け寄りながら親し気に話しかけてくる。

「あの、どちら様でしょう」

誰かわからなくて、申し訳なく思いながら紗彩が尋ねた。

「山岡さんから聞いていませんか? 金子修也(かねこしゅうや)です」



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