政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~



「金子さん?」

金子という取引先に聞き覚えがない紗彩は首をかしげる。

「申し訳ございません。お目にかかったことがありましたでしょうか」

金子がおかしそうに笑いだした。

「今日が初対面ですよ。まさかお見合いの前に、こんなところでお会いできるなんて思ってもいませんでした」

「お見合い?」

「あなたの結婚相手ですよ、僕は」

「結婚? 私があなたと?」

どうも会話がかみ合わない。それどころか、お見合いの話は断ってもらったはずだ。
この男性が母との関係が悪くなった原因、山岡が勧めるお見合いの相手なのだろうか。

それにしても金子という男性は、初対面にしてはずいぶんと馴れ馴れしい気がする。

「もうお帰りですか?」
「はい。ご挨拶も終わりましたので」
「よかったら、上のバーで少しお話しませんか?」

金子は紗彩との距離を一歩ずつ縮めてくる。
人あたりのいい微笑みを浮かべているが、廊下の薄暗さのせいか、目だけは笑っていないようにも見える。
この人とは離れた方がいい気がして、紗彩はうしろに下がった。

「どなたかとお間違えではありませんか?」
「まさか! あなたみたいなかわいい人を間違えるわけないでしょう?」

かわいいと言われて少しも嬉しいと感じられないし、背筋に嫌な汗が流れる。
金子に対して、生理的な嫌悪感を紗彩は抱いていた。

「でも山岡さんからの縁談はお断りしましたし、結婚相手だなんて言われても困ります」

紗彩がはっきりと答えると、さっきまで笑顔だった金子の表情が一変した。

「断った?」

「あの、ですから、縁談はなくなったと思うのですが」

「冗談じゃない。こっちはつぶれそうな会社を援助してやるって言ってんだ」
「は?」

ますます意味がわからない。
いくらなんでも梶谷乳業は『つぶれそう』と言われるほど落ちぶれてはいない。

「失礼ですが、どちらの金子様ですか」
「金子製作所の息子だといえば、わかるか?」
「はあ」

たしか機械の製造や設備工事を請け負っている会社だが、梶谷乳業とは直接の取引はない。
過去の工場の建設や修理にも関わっていないはずだ。

誰か近くを通らないかと期待したが、会場は盛り上がっていたから誰も出てこないだろう。
見渡したところホテルの従業員もいない。この人から離れたいと、紗彩は焦った。

「すみませんが、私はこれで失礼いたします」


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