政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~


紗彩が軽く頭を下げてその場を去ろうとしたら、金子がいきなり腕を伸ばしてきた。

「あっ」

突然のことで、避ける間もなかった。
紗彩の左腕はがっちりと金子に握られている。

「つれないなあ。ちょっと上に付き合ってくださいよ~」

「離してください!」

紗彩が逃れようとして大きく身をよじった弾みで、金子のジャケットを引っ張ってしまった。
ジャケットの前身頃が乱れた瞬間、シャツの胸ポケットにホテルのキイらしいカードが見えた。

(この人、なに考えてるの⁉)

怖くなった紗彩は、ますますジタバタと体を動かす。
すると金子の腕に力が入って、腕の痛みが強くなってきた。

「やめてください!」

彼に捕まれている左腕さえ振りほどけたらと、小ぶりのパーティーバッグを持っていた右手を思いっきり振り回す。
偶然だが、彼の頬か顎のあたりにバッグがあたったらしい。

「いてっ」

金子がやっと手を離したので、紗彩の体は自由になった。
だが顔に手を当てた金子は、ますます機嫌が悪くなって怒鳴りだす。

「この暴力女!」

「ご、ごめんなさい」

「こっちが下手に出てやったのに、なにするんだ!」

逃げるどころか、もっと危なくなってきた。
どうしようかと思う間もなく、金子が腕を振り上げたのが見えた。
これは叩かれると、痛みを覚悟した。

キュッと目をつぶって身をかがめたが、痛みはやってこない。
逆に、金子のウワッという小さな叫びが聞こえた。

「嫌がる女性に手を上げるなんて、最低ですね」

そっと目を開けると、仕立てのよさそうなスーツを着た背の高い男性が紗彩の前に立っている。
背中越しにしか見えないが、どうやら金子の腕を逆に捻り上げているようだ。

「は、離せ! 貴様もタダじゃすまないぞ!」

「それはどうでしょう。私は先ほどの会話をたまたま聞いていましたし、ホテルには防犯カメラがあちこちに設置されているんですよ」

慌てた金子が、キョロキョロと廊下の隅まで見渡している。
たしかに、要所ごとにカメラがあるのは見てとれた。

「くそっ」

「このままお引き取りになった方がいいのでは? それとも警備員を呼びますか?」

金子は怒りでプルプルと震えていたが、男性の威圧的な声で少しは冷静になったらしい。
小声でぶつぶつと言いながら、パーティー会場に戻って行った。

助かったと思ったとたん足の力が抜けそうになったが、紗彩はなんとか踏みとどまって壁にもたれかかった。

「大丈夫ですか?」

「は、はい。ありがとうございました」

紗彩はやっと視線を上げて、助けてくれた男性と顔を合わせた。

その瞬間、思わず目を見張る。それは、目の前の男性も同じだった。

「あなたは」
「君は……」




< 21 / 80 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop