1日限りのニセ恋人のはずが、精鋭消防士と契約婚!?情熱的な愛で蕩かされています
夏めく




このところ、母の食欲がない。
いつもなら大好物のグリーンピースご飯やスナップエンドウのバターソテーなんてぱくぱく食べるのに手が伸びない。
せめて果物でもと、イチゴや店頭に並び始めたサクランボを買ってみてもひと粒ふた粒で『ごちそうさま』だ。

五月の爽やかな風とは逆に、いつも重苦しい表情で顔色はさえない。
やる気がでないのか、いつもダルそうなので更年期だろうかと心配になるが、それとも違う気がする。

「お母さん、今夜なにが食べたい?」

朝食の席でのおなじみのセリフ。
いつもなら喜んであれこれと希望を言ってくるのに、近ごろはなにも浮かばないようだ。

「紗彩にまかせるわ」

返事がこれでは、なにを作れば食べてくれるのか迷うだけだ。

母の体調は心配だったが仕事は順調で、新製品の試食会を開くことになった。
まず社員から正直な意見を聞いてみようというわけだ。

連休があけてすぐに、何種類かの商品を用意した。
基本のヨーグルトがメインだが、フレッシュチーズとバニラアイスクリームにも自信がある。

「思った以上に濃厚ですね」
「でも後味がさっぱりしています」
「乳成分が多いからカロリーが気になったんですが、それほど高くはないんですね」
「このアイス、美味しい!」

社員たちからは様々な意見が出たが、思った以上に評価は高かった。
こだわっていたヨーグルトの甘みと酸味のバランスもいいと言われて、ホッとした。
これなら子どもからお年寄りまで、幅広い年齢層に喜んでもらえる商品になりそうだ。

好評のうちに試食会を終えて、三階の会議室を片付けていると母がやってきた。

「紗彩」
「あ、お母さん」

食欲がなかった母も、試食会ではヨーグルトを美味しそうに食べてくれていた。

「味や食感はどうだった」
「うん。家で食べていた試作品より、うんと美味しくなってたわ」

褒めてくれるのだが、その口調は暗い。

「どうかした、お母さん」

「あのねえ。紗彩」

しばらく黙り込んでから、母が申し訳なさそうに話し始める。

「お見合いしてみない」
「はあ⁉」




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