政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~


紗彩の目の前に立っていたのは、北消防署の消防士、白川結都だ。
病院での受付や、防災点検で会社に来たときにも会っている。

だが、いつもの彼とはなにかが違っている。

(ものすごく雰囲気が違う)

ピンと立っていた短めの髪はトップのあたりが綺麗になでつけられているし、紺のスーツは逞しい上半身にピッタリしているからオーダーメードだろう。
いつものシンプルな様子とは真逆の、どこか上品で洗練されているたたずまいだ。

「君とはたしか、足立病院や梶谷乳業で会ったような」
「はい。梶谷乳業で開発を担当している梶谷紗彩と申します」

「梶谷?」
「はい。母が社長の梶谷梢です」

自己紹介したら、結都はかなり驚いていた。
しげしげと頭から足元まで見られているのがわかる。
希実ががんばってくれたおかげで、白衣姿の研究員と同一人物だとは信じられないのかもしれない。

「何事もなくてよかった」
「はい。おかげさまで助かりました」

ともかくお礼をと頭を下げたら、金子に捕まれていた左の袖が変な形にぶらんと下がった。

「あ!」

さっき暴れた時に、袖を縫いつけていた糸が切れたらしい。

「どうしよう」

希実に借りたドレスだから、傷み具合が心配になった。
結都も袖がおかしいことに気がついたのか、紗彩の肩に手を伸ばしてきた。

「少しほつれていますね」

よく見ようとしたのか、紗彩の首の近くに顔を近づけてくる。

破れていたら困るしどうしようかと考えていたら、ふたりの距離が近いことに気がついた。
結都が壁際に立つ紗彩を片腕で閉じ込めたふうにも見える、微妙な立ち位置だ。
それに気がついた紗彩が離れようとした時に、横から控えめな声がかかった。

「白川様、お探ししました。お父様がおみえになりました」

それと同時に、低い男性の声も聞こえる。

「結都、こんなところにいたのか。そのお嬢さんは?」

「あ……」

目に見えてわかるくらい、結都の顔が歪んだ。
紗彩は誤解されないように、袖を押さえながらサッと横に体をずらして結都から少し離れた。

「お父さん」
「ロビーで待っているように伝えたはずだが」

「チョッと色々ありまして」

この状況を誤魔化そうとしてくれているようだが、結都の父だという上品な男性は興味津々といった顔つきだ。

「そちらの方を紹介してくれないのか?」

自分から挨拶すべきなのか、どう口を挟んでいいのか紗彩は迷ってしまった。

「彼女は、梶谷紗彩さん。梶谷乳業の社長のお嬢さんで、俺の恋人です」

紗彩が口を開く前に、結都がとんでもないことを言ってしまった。
みっともなく声を上げなかった自分をほめてやりたいが、ますます焦ってどう振舞うべきかわからない。

(恋人って言った⁉ 私が⁉ 彼の恋人⁉)

紗彩の混乱をよそに、男性は嬉しそうな声を上げる。

「そうかそうか! やっとその気になったのか」

その気になるという意味を紗彩が考えていたら、ひとりの女性が姿を見せた。

「嘘でしょ」






< 22 / 80 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop