政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~
あとに残された紗彩は、無意識に結都の背に触れる。
「あの」
紗彩は手のひらに、固くてがっちりとした筋肉が感じた。
スーツの生地の滑らかさ以上に男性の温もりが生々しくて、思わずパッと手を離した。
「突然にすまないが、付き合ってくれ」
「はい?」
「まず、その服をなんとかしよう」
紗彩が動揺しているのに気がついていないらしく、結都はパッと手をとってホテル内にあるブティックへ連れて行こうとする。
さっきの金子の乱暴さとは違って、触れるか触れないかの微妙な力加減だ。
手を引かれたまま歩きながら、紗彩はこの慌しさを必死に理解しようとした。
若手経営者や企業の後継者たちに挨拶をして、新商品を開発中だと宣伝した。
帰るつもりだったのに見合い相手だという金子に絡まれ、つい殴ってしまって白川結都に助けられた。
そこに結都の父の登場だ。
パーティー会場を出てからほんの三十分も経たないのに、紗彩のおかれた状況がコロコロと変わってしまった。
もうなにが起こっても、これ以上悪くはなりそうにない。
ブティックでも紗彩はふわふわとした気分のまま、結都に言われたとおりに動くだけだ。
フィッティングルームで新しいワンピースに着替えると、やっと気分が落ち着いてきた。
服を選んでくれたうえに、お店の人に袖の修理まで依頼してくれて、支払いまで済ませてくれたようだ。
(だけど私が恋人ってうそをつくなんて、どういうこと?)
紗彩が「洋服の代金を……」と話しかけたら、結都はさっさとブティックを出てしまった。
ふたりで無言のままエレベーターホールに向かう。
エレベーターを待つ間に、それまで無口だった結都がやっと覚悟を決めたような顔をして、紗彩に話しかけてきた。
「俺の事情に巻き込んですまないが、今夜だけ恋人のフリをしてくれないか?」