政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~



***

 

今日は朝から結都は不機嫌だった。
父と約束した日がとうとうやってきたからだ。

ふだんは交流のない父から『近くまで視察に行くから会おう』と連絡があったのは、たしか二月の終り頃だった。
結都に会う予定で出張予定を組んでいるらしく、避けることは難しかった。

父の仕事の都合に合わせて、八時ごろにホテルで食事する予定になっている。
少し早くホテルに着いた結都は、正面のロビーからカフェスペース、エレベーターホールやその向こうにある宴会場の辺りまで何気なく歩いてみた。
つい職業柄、どんな建築構造になっているのか気になってしまうのだ。

最近オープンしたばかりとあって、すみずみまで気配りがされているなと思っていたら、争っているような男女が目についた。
争うというより、男性が嫌がる女性に迫っている様子だ。
観葉植物の死角に入りながらそっと近付いた。

すると男性ががいきなり腕を伸ばしているのが見えた。

「あっ」

女性は左腕をがっちりと握られている。

(ヤバくないか、これ)

さすがに放っておけそうにない。タイミングを見て話しかけようと決めた。

「だから、ちょっと上に付き合ってくださいよ」
「離してください!」

女性はかなり嫌がっているようだし、男性に取られた腕が痛そうだ。

「やめてください!」

女性がバッグを思いっきり振り回すと、はずみで男性の頬か顎のあたりにあたったらしい。

「いてっ」

男性がやっと手を離した。バッグがあたったくらいなら、たいして痛くはないはずだ。
だが男性はますます機嫌が悪くなって怒鳴りだす。

「ご、ごめんなさい」

「こっちが下手に出てやったのに、なにするんだ!」

男性が腕を振り上げたのが見えたので、これは黙っていられない。
結都は飛び出して、男性の腕を捻り上げた。

「は、離せ! 貴様もタダじゃすまないぞ!」

「それはどうでしょう。私は先ほどの会話をたまたま聞いていましたし、ホテルには防犯カメラがあちこちに設置されているんですよ」

ハッと気がついたのかキョロキョロと廊下の隅を見渡している。

「くそっ」

「このままお引き取りになった方がいいのでは? それとも警備員を呼びますか?」

男性は少しは冷静になったのか、小声でぶつぶつと言いながら足早に去って行った。

男の姿が見えなくなってホッとしたのか、女性は壁にもたれかかってしまった。

「大丈夫ですか?」

「は、はい。ありがとうございました」

あの男に腕を握られて怖かっただろう。女性がやっと視線を俺の方に向けてきた。

その顔を見た瞬間、思わず目を疑った。

「君は……」






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