政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~
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今日は朝から結都は不機嫌だった。
父と約束した日がとうとうやってきたからだ。
ふだんは交流のない父から『近くまで視察に行くから会おう』と連絡があったのは、たしか二月の終り頃だった。
結都に会う予定で出張予定を組んでいるらしく、避けることは難しかった。
父の仕事の都合に合わせて、八時ごろにホテルで食事する予定になっている。
少し早くホテルに着いた結都は、正面のロビーからカフェスペース、エレベーターホールやその向こうにある宴会場の辺りまで何気なく歩いてみた。
つい職業柄、どんな建築構造になっているのか気になってしまうのだ。
最近オープンしたばかりとあって、すみずみまで気配りがされているなと思っていたら、争っているような男女が目についた。
争うというより、男性が嫌がる女性に迫っている様子だ。
観葉植物の死角に入りながらそっと近付いた。
すると男性ががいきなり腕を伸ばしているのが見えた。
「あっ」
女性は左腕をがっちりと握られている。
(ヤバくないか、これ)
さすがに放っておけそうにない。タイミングを見て話しかけようと決めた。
「だから、ちょっと上に付き合ってくださいよ」
「離してください!」
女性はかなり嫌がっているようだし、男性に取られた腕が痛そうだ。
「やめてください!」
女性がバッグを思いっきり振り回すと、はずみで男性の頬か顎のあたりにあたったらしい。
「いてっ」
男性がやっと手を離した。バッグがあたったくらいなら、たいして痛くはないはずだ。
だが男性はますます機嫌が悪くなって怒鳴りだす。
「ご、ごめんなさい」
「こっちが下手に出てやったのに、なにするんだ!」
男性が腕を振り上げたのが見えたので、これは黙っていられない。
結都は飛び出して、男性の腕を捻り上げた。
「は、離せ! 貴様もタダじゃすまないぞ!」
「それはどうでしょう。私は先ほどの会話をたまたま聞いていましたし、ホテルには防犯カメラがあちこちに設置されているんですよ」
ハッと気がついたのかキョロキョロと廊下の隅を見渡している。
「くそっ」
「このままお引き取りになった方がいいのでは? それとも警備員を呼びますか?」
男性は少しは冷静になったのか、小声でぶつぶつと言いながら足早に去って行った。
男の姿が見えなくなってホッとしたのか、女性は壁にもたれかかってしまった。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。ありがとうございました」
あの男に腕を握られて怖かっただろう。女性がやっと視線を俺の方に向けてきた。
その顔を見た瞬間、思わず目を疑った。
「君は……」