政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~
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北消防署の勤務は、基本三交代制だ。まる一日働いたら、二日休み。時には休日もある。
消防士の仕事は休みが多いといわれることもあるが、二十四時間勤務はなかなかハードだ。
結都は勤務が明けていたが、引継ぎの時間がすぎても消防署に残っていた。
さっき出動していった救急車の向かった先が気になるのだ。
(梶谷乳業本社……)
紗彩が勤めている会社だ。
何事もなければいいがと思って、詳しい情報を待っていた。
しばらくして救急車が帰ってきたのでそれとなく聞いてみたら、社長が倒れたので足立病院に搬送したことがわかった。
それを聞いた結都の足は、自然と足立病院へ向いていた。
(父親を亡くしているから、頼りの母親まで倒れたら辛いだろう)
結都は、それしか考えられなかった。ただ紗彩のことが気になるのだ。
冷静になれば、彼女との関係は言葉でうまく表現できない。
単なる知り合い程度なのに、なぜか秘密を共有している。奇妙な関わり方をしたものの、連絡先すら交換していない。
おかしなことだと思いながらも、結都は彼女のもとへ急いでいる自分を止められなかった。
足立病院に着いて紗彩の居場所を聞いてみたら、家族控室にいるとわかった。
そこへ行ってみれば、ひとりで長椅子に座っている。
どうやら両手を膝の上で組んだまま、じっと壁を見つめているようだ。
心細くて泣いているのではと心配したが、勝手な思い込みだったらしい。
(思ったより、しっかりしているみたいだ)
逆にまばたきもせず、にらみつけているような表情から彼女の緊張感が伝わってきた。
「梶谷さん」
思わず声をかけてしまった。
こちらに顔を向けた紗彩が、ハッとしたように立ち上がる。
「白川さん?」
「救急隊員から、お母さんが倒れたと聞いたんだ」
「わざわざありがとうございます」
それだけ言うと、力なく椅子に座り込んでしまった。
「今、骨折の手術中で、ほかにも悪いところがあるらしくて」
「お母さん、なにか持病でもあったの?」
彼女の横に腰をおろしながら、話しかけてみる。そばで見ると、顔色が悪いのが気になった。
「いえ、風邪もひかないくらい元気でした。あ、でも……」
紗彩がポツリポツリと話すには、このところ食欲が落ちていたらしい。
「大丈夫だっていうのを信じた私がいけなかったんです」
「君のせいじゃないよ」
そんなありふれた言葉は、単なる慰めとしか受け取れないだろう。
それでも結都は少しでも安心させたいと思ったのだ。
「私が縁談を断ったりしたから、会社のことでストレスがたまっていたんだと思います」
キュッと眉を寄せて苦しそうに呟いた言葉を聞き流すことはできなかった。
「縁談⁉ 君の?」
「ホテルでトラブッた人がお見合いの相手だったんです」
「あの時の厄介な男が、見合い相手?」
「お断りしたから、あんなに絡まれたんだと思います」
あの程度の男なら断って正解だと思ったが、彼女にとっては後悔でしかないらしい。
「私があの人との縁談を受けてたら、お母さんはこんなことに」
そう言いかけて、悔しさに唇を嚙みしめているのが痛々しくて見ていられない。
「強く噛んだら、キズになる」
血がにじむからと、やめさせようと彼女の頬に触れたらピクリと細い肩が揺れた。