政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~



「会社のためなら結婚できるというのは、うそじゃない?」
「母や会社を助けたい気持ちに、うそなんてあるわけないです!」

反論しながら頬が赤らんでいるのは、機嫌の悪さが増しているからだろう。

「それなら、俺と結婚しよう。白川ホールディングスが梶谷乳業を援助すると約束する」
「は?」

普段の結都は、どちらかというと慎重なタイプだ。
消防士になったことだって、何年も秘かに考えを巡らせてから実行に移したくらいだ。
それなのに彼女が絡むと、どうしてか感情的になって性急にものごとを進めたくなる。

大きく見開いた目、驚いて少し開いたままの唇、彼女のキョトンとした顔を見て、結都はやっとわかった。
考えるまでもなく、自分はあの男と彼女が結婚するのが許せなかったのだ。
会社のためにというなら、相手は結都でも文句はないはずだ。

「形だけでいい。俺と籍を入れてくれたら、会社を援助しよう」
「援助?」
「政略家紺の相手が白川ホールディングスの息子じゃ、不服か?」

彼女には恋人役をしてもらった実績がある。
父は彼女を気に入っていたから、結婚も梶谷乳業への援助もすんなり了解するはずだ。

「でも、でも、この前は、恋人のフリだけでいいってお話しでしたよね」
「ああ。結婚をせかされて困っているって言っただろ。俺は消防士の仕事に集中したいんだ」

「は、はあ」
「父は君のことが気に入っているから、俺たちの結婚に反対しないはずだ」

思いつきを理論で武装しながら説得していくが、紗彩は急に結婚話になったからか、困惑を通りこしてぼんやりと首をかしげている。

「きっと梶谷乳業にとってもプラスになる話だ」
「すみません。いきなりなので、よくわからなくて……」

無理を言っているとはわかっているが、結都は白川ホールディングスの仕事に興味はないし、父の跡を継ぐ気もない。
消防士の仕事を続けて、レスキューと呼ばれる特別救助隊員になりたいとすら願っているくらいだ。
これまでは上司に推薦されても、父との約束が頭の中から消えなかった。
いつか消防士を辞めさせられるのではと無責任に引き受けられなくて、あと一歩が踏み出せなかったのだ。
父が望む子どものことはともかく、結婚さえすれば取りあえずは時間が稼げる。
結婚相手が必要だった結都は、パートナーとして最強の相手を手に入れると決めた。

「梶谷紗彩さん」

このチャンスを逃したくない結都は、混乱している紗彩と向き合った。
父にも好意的に受け入れられている女性が、会社を援助してくれる結婚相手を求めているのだから逃すわけにはいかない。

「この話、受けてくれますか?」

申し込む場所が病院の家族控室ではロマンスのかけらもないが、それこそ政略結婚にはふさわしいだろう。

「受けてくれますね」
「は、はい?」

疑問形だが言質は取ったと確信して、結都は彼女の両手を握った。

「契約成立。君は俺の婚約者だ」
「えっ⁉ 今の、プロポーズだったんですか⁉」

ますます彼女の目が大きくなったが、握ったままの手を結都はブンブンと振っていた。






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