政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~



***



病室の外では、やんでいた雨が降り出していた。
そろそろ梅雨明けが近いのに、うっとうしい空模様だ。

(まるで今の私の心のよう)

あの衝撃の日から十日が経つ。
母の手術は無事終わり、そのまま足立病院へ入院した。それに急性膵炎をこじらせていて、あわやという症状だったらしい。
痛々しいギブス姿だが、投与された薬が効いてやっと会話できるくらいに回復してきたところだ。

先の見えない、どんよりとした気分。まさに紗彩の心は梅雨空だ。

「紗彩」

小さな声が聞こえた。

「お母さん、目が覚めた?」
「ウトウトしてたのね。ごめんなさい、来てくれてたのに」

少し頬がこけてしまって、いつもより老けて見える気がする。
病室では化粧ができないので、余計にかもしれない。
入院したころにくらべたら病状に合わせた食事はきちんと食べられるし、会話もしっかりしている。
それでも気力はもどらないのか、表情は暗いままだ。

紗彩はまだ、結都との結婚について母になにも話していない。
政略結婚で会社を助けてもらうなんて、以前に山岡からの同じような見合い話しを断った自分がどう説明すればいいのだろう。
ただでさえ弱っている母に、これ以上のショックを与えてはとためらわれた。
結都からの申し出をショックな出来事と考えている地点ですでにおかしいと、紗彩は気づいていない。

「そういえばお母さん、倒れた日にどなたと電話していたの? なにか相手の方にお伝えした方がいいかな?」

あの日、母は受話器を握りしめて倒れていた。
会話中だったのか話が終わっていたのか、紗彩の記憶は曖昧なので相手に失礼があっては申し訳ないと思っていたのだ。

「あの時は(はら)牧場のご主人から、近く廃業なさるって電話をいただいていたのよ」

電話の話をしたら、母は眉をしかめた。

「息子さんが跡を継がないそうだし、飼料の高騰で採算が合わないらしくて」

そう言いながらも視点がさまよっている。
昔から取引があった牧場が消えるのが辛いのかもしれないが、なにかおかしい気もする。
その時、軽く病室のドアがノックされた。

「はい」

看護師かと思ったら、小ぶりの花籠を手にした白川結都だった。

「失礼します」
「あ……」

突然現れるなんて、結都がなにを考えているのか紗彩は警戒した。

「今日は非番だから、ご挨拶をと思って」

そういえばお互いの連絡先さえ知らないから、突然来られても文句は言えない。

「紗彩、どなた? お友だち?」

母の見舞いに来るなんて強引な人だと思ったが、今後のことを考えたら無視できない。
梶谷乳業のためには大事な相手なのだ。
友だちと紹介するべきか迷っていたら、結都が挨拶を始めた。

「初めまして。白川結都といいます」
「白川さん?」

母は結都の誠実そうな表情と態度に、すっかり気を許しているのか微笑んでいる。

「お加減はいかがですか?」
「だいぶ落ち着いたんですよ」

「それはよかった」と言いながら、あっという間にベッド脇の椅子に座っている。

「あの、」

紗彩が「また日をあらためて」と言うより、結都の方が早かった。

「僕たち、結婚の約束をしたんです」

「まあ!」

ベッドに横たわったまま、母は嬉しそうな声をあげた。

「紗彩、こんな大事なこと、一番に話してくれなきゃ!」






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