政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~


「ええっと?」

どうしよう、どう説明しようかと紗彩がオタオタしているうちに、結都が話しを進めていく。

「以前、会社に防災点検で伺った頃からお付き合いを始めたんです」
「あ、あの時の消防士さんだったんですね。なんとなくお顔を覚えていますわ」

「先日、紗彩さんを父に紹介させていただきました」
「お父様にも?」

微妙に誤魔化しながらも、噓はついていない。
出会って日が浅いのに結婚するというドラマのような展開に、母の目は少し輝きを取り戻したようだ。

「父は白川正親といいまして、白川ホールディングスの……」
「まあ! 社長さんですよね。お名前はニュースなどで存じあげています」

そんな家柄の人が相手だから怪しんでもよさそうなのに、母は信じ切っているし会話はすっかり結都のペースだ。

「父もすっかり紗彩さんファンで、喜んでくれています」
「まあ、紗彩を?」
「はい」

母はなんの疑問も抱いていないようで、久しぶりに弾んだ声だ。

「紗彩ったら、こんなうれしいお話を黙っているなんて」

それどころか叱られてしまったので、不本意ながら紗彩は謝るしかない。

「ごめんなさい」
「ああ、責めているんじゃないの。私の体調を心配してくれたんでしょ?」
「うん」

紗彩は動揺を見せないようにするのがやっとだが、結都はますます多弁になる。

「結婚したら家族になるのですから、会社のことでもお力にならせてください」
「そこまで考えてくださっているなんて」

母は血圧が上がらなければいいのにと思うくらい感激している。
安心させるように上手に話し続けている結都の様子は、いつもの生真面目な消防士の姿とはかけ離れて見えた。
やはり白川ホールディングスの社長の血が流れているからだろうかと、紗彩はふと思った。

「会社のことまで心配していただいて、申し訳ないことです」
「お母さんは安心して、ゆっくりと養生なさってください」
「ありがとうございます。少し入院が長引きそうでしたの」

母は骨折したうえに、膵臓に炎症を起こしていて、ほかの内臓にも影響がでるほどの状態だったのだ。
足立院長からは『疲労がたまっているから、しばらく入院して安静にするように』と言われていた。

「それで突然申し訳ないのですが、うちの母が紗彩さんだけでもわが家に遊びに来てもらいたいみたいで、お許しをいただけたら招待したいのですが」

「こちらからご挨拶に伺いたいくらいですのに、私がこの調子なので申し訳ありません」

母がそっとギプスを手でなぞっている。利き腕だけに、不自由で仕方がないようだ。

「許可をいただけますか?」

「もちろんです。よろしくお願いします」

紗彩は張りついた笑顔を浮かべていたが、そろそろ限界になってきた。
これ以上のおしゃべりは疲れるからと、まだまだ話したそうな母を休ませる。

「では、また来ます」

紗彩は名残惜しそうな顔をする母に「送ってきます」とことわって、結都を引っ張るようにして病室から出た。
ずんずんと廊下を進んで、ひと気のない階段の踊り場まで連れて行く。
彼と話さなくてはいけないことが、山のようにあるからだ。






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