政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~
星涼し


七月に入って、ふたりの仕事が休みの日に東京都内にある白川家に出かけることになった。

紗彩は自分の研究なら緻密に計算できるのだが、出かける計画を立てるのは苦手だ。
その点、結都は交通渋滞まで予想してさっさと出発時間を決めていく。
当日も予定していた時間の少し前には、自分のSUV車で迎えに来てくれるという几帳面さだ。

「さ、行こうか」
「よろしくお願いします、白川さん」

白川邸には、午後のお茶の時間に伺う予定にしている。
今日の結都はネイビーのシャツと、生成りのワイドチノパンツというカジュアルな姿だ。
足が長いからこその着こなしで、スーツ姿といい今日の服装といい、なんど見ても制服姿との差が大きくて戸惑う。

水色のブラウスにオフホワイトのスカート姿の紗彩とは、打ち合わせしたわけではないのに雰囲気がよく似ている。
高身長で顔立ちも人目を引く結都と並んだら、自分が恋人らしく見えるだろうかと紗彩は少し不安になった。
結都の父には気に入ってもらえていると何度も聞かされていたが、だからといって母まで同じ気持ちかどうかはわからない。
白川ホールディングスの社長夫人から見れば、紗彩なんて『平凡』としか表現する言葉がなさそうだ。
われながら、よくこんな計画に乗ったものだと紗彩は思う。
会社のためとはいえ、名前と職業しか知らない人との契約結婚を受け入れたのだ。

少しでもお互いのことを知った方がいいということになり、ドライブ中は生年月日や血液型に始まって、通った大学から親戚の名前まで付け焼刃で記憶していくテスト勉強のような時間になった。

「お互いに名前で呼び合うか」
「名前ですか?」
「結婚しようというのに、白川さんはおかしいだろう?」

紗彩はそこまで気が回っていなかった。これまでは苗字で話しかけていたから、どこか他人行儀だったわけだ。
恥ずかしさもあったが、練習だからとお互いに名前で呼びあっていたら、あっという間に港区にある白川邸に着いた。

紗彩は堂々とした屋敷を見て、どこか自分の家に似ているような気がした。
もちろん白川邸の方が広いが、いつだったか結都が送ってくれたときに『いい家だ』と言ってくれたことを思いだす。

ゆるい坂道に面した正門。高い塀に沿って常緑樹が植えられているところ。
お互いの育った家が同じ雰囲気だったことに、紗彩は安心感を覚える。

結都が駐車場に車を停めると、屋敷の中からエプロン姿の女性が小走りに出てきた。

「お帰りなさいませ」
「戸田さん、ただいま」

紗彩が挨拶しようと自分でドアを開けて車から降りると、その女性が少し驚いたような表情を見せた。
どうやらドアは結都に開けてもらうのが正解だったようだ。

「こんにちは」
「いらっしゃいませ」

さっそく冷や汗をかく紗彩だったが、結都は気にならないようで「行こうか」と先に立って歩き出した。
運転していた時のリラックスした表情は消えて、どこか緊張しているように見える。
これからふたりで大芝居をするのだから、きっと紗彩の顔も同じようになっているだろう。

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