政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~


玄関はまるで高級旅館のように広かった。そこから戸田の案内で長い廊下を歩く。
「どうぞ」と言われて中に入ると、リビングルームのようだ。
応接室ではなく、いきなり家族が過ごす部屋に通されたらしいと気がついて、紗彩の胸はドクンドクンと音を立てている。

「やあ、よく来たね」

正親は、ゴルフのパターを練習していたようだ。
こっちへというように手招きして、紗彩にゆったりしたソファーを勧めてくれる。

「お誘いありがとうございます。お言葉に甘えまして、おじゃまいたします」

紗彩は一礼してから、ちょこんとソファーの端に腰かけた。隣に結都が座る。

「待っていたよ、紗彩さん」

正親の穏やかな笑顔に、社長という肩書きに似合わない気さくな一面を見た気がする。
自宅ではいつもこんな風なのかと思って結都の顔を見れば、いつも以上に無表情になっている。
どうしたのかと思った矢先に、ノースリーブの黒地に花柄のワンピースを優雅に身につけた女性が入ってきた。

「あら、いらっしゃい」

気さくな調子で声をかけられたが、紗彩は『お母様』と呼ぶべきか迷いつつ、立ち上がって頭を下げる。

「おじゃましております」

「結都、こちらがうわさの方ね」
「梶谷紗彩さんだ」

いつになく結都の話し方が淡々としている気がする。
親子でもこんな調子なのだろうかと、父と子の難しさを感じた。

「初めまして、梶谷紗彩と申します」
「結都の母の白川千穂(ちほ)です。よろしくね、紗彩さん」

艶然とした微笑みだった。それに気おされて紗彩の背筋がピンと伸びる。
年齢を感じさせない美しさだが、切れ長の奥二重の目が結都によく似ていた。

「どうぞ、お掛けなさい。お茶を準備させますからね」

「あ、よろしかったらこれをお召し上がりください」

紗彩が持参していたクーラーボックスを差し出した。

「これは?」

すんなり受け取った千穂が、バッグに重さを確かめるような動きを見せた。
ガラス瓶に入れてあるヨーグルトやアイスクリーム、それに保冷剤がぎっしりだから少々重いのだ。

「私が手がけた新商品です。やっと完成したのでお持ちいたしました。ぜひ、味わってみてください」

「まあ! 戸田さん、さっそくこちらをいただきたいわ」

千穂が弾けるような笑顔になった。美味しいものや珍しいものを食べ歩くのが大好きと聞いていたのは間違いなさそうだ。

「はい。ご用意いたします」

白川夫妻がどんな感想を抱くかと思うと、ソワソワと落ちつかない気分になってくる。
紗彩は不安を打ち消そうと、キュッと唇をかんだ。すると、隣に座っている結都が紗彩の手を軽く握ってきた。
まるでお互いの緊張をほぐそうとしているようだ。






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