政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~



オリジナルスウィーツについて夢中になって話していた千穂が、突然「あっ!」と焦ったような声をあげた。

「私ったら、ごめんなさい。お母様が入院していらっしゃるのに浮かれてしまって!」

「ありがとうございます。体調は落ち着いてきましたから、もう大丈夫です」

紗彩の答えに感に堪えない顔になった。結都の家族に対して気を遣っていると思われたようだ。

「母もご挨拶したかったと申しておりました」
「でも、お母様が家にいらっしゃらないと毎日が心細いでしょう?」

その言葉に、結都が息をのんだのがわかった。

「そうだった。君はあそこにひとりで住んでいるんだ」
「え? ええ」

「俺としたことが、うっかりしていた」

うっかりという意味がわからない紗彩を置き去りにして、白川家の三人はどんどん会話を進めていく。

「お嬢さんがひとりきりで暮らしているなんて、不用心だ」
「そうね。式は挙げなていなくても、入籍しておけば世間は納得しますわ」

「あの」

紗彩も話しに加わりたかったのだが、口を挟めない。

「一緒に住もう、紗彩」

あげくに結都が突拍子もないことを言いだした。
結婚前の紗彩がひとりで暮らしているのは危ないから、結都が梶谷家に同居するというのだ。

「いえ、そんなこと!」

紗彩は何度も断ろうとしたが、結都の両親に押し切られてしまった。
言いだしたのは結都だし、彼の両親が賛成している以上、紗彩に断れるはずもない。
梶谷乳業への援助はあっさり決まったものとされて、ふたりで暮らすことが今日の話題の中心になってしまった。

「いちおう、母の承諾を得ないといけないので」

なんとか逃げ口上を言ってみたが、三人対ひとりでは分が悪い。
気がつけば入籍する日や、帰りにふたりで住むことを母に伝える手はずまで決まっていた。
おみやげやお見舞いの花かごを持たされて、別れの挨拶もそこそこに紗彩は結都の車に乗せられた。

「ふたりが一緒に住み始めたら、顔を見に行くわね」

千穂は、とてもいいことをしたと言わんばかりの笑顔で手を振ってくれている。
もちろん正親も同様の笑顔で、夫婦そろっての見送りだ。紗彩は動き出した車から、ぎこちなく手を振った。

高速道路に入ったら、結都がスピードをあげていく。
運転中の結都に話しかけるのは申し訳なかったが、どうしても彼の気持ちを確認しておきたい。

「よかったんですか、こんなことになってしまって」

「君がひとりで住んでいると思うと、落ちつかないからな」

たしかに紗彩も母が入院してから心細い毎日だった。
かといって、形だけの結婚相手と同居するのはためらわれる。

「君はなにも気にしなくていい。人畜無害のボディーガードだと思ってくれ」





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