政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~



***



白川家のリビングルームに、紗彩がいる。結都はこんな日がくるとは考えたこともなかった。

父と約束を交わしながらも、どこかで自分は甘えていたのだろう。
消防士として働き続けていれば、跡継ぎのために結婚して子どもを作ることを父は諦めると思っていた。
だから跡継ぎを作るためだけの結婚をする気はなかったし、そもそも結婚相手を探したこともなかった。

梶谷紗彩という理想的な条件の結婚相手が現れるとは、どういう運命だったのだろう。
彼女は会社のために、結都は自分の仕事のために結婚する。お互いにとって完璧な関係としか思えない。

単なる顔見知りから始まって、彼女が梶谷乳業で働いていることを知り、ホテルで再会した。
おとなしそうな雰囲気だったり、知的な印象だったり、紗彩は様々な顔を見せてくれる。
今日もまた、新しい彼女の一面を知ることができた。

両親と紗彩の会話を聞いていた結都は、ただ感心していた。
紗彩のこのバイタリティは、どこから出てくるのだろう。
華奢な体からは想像もできないくらい、次々にアイデアが飛び出してくるしテンポよく会話している。
父と会ったのは二度目だが、母とは初対面なのに臆することなく話している。
美食家で通っているが、あれでも母は社交界ではそれなりに力がある。その母までが紗彩にはニコニコと機嫌よさげだ。
それに損得勘定抜きで正直に人と接しているからか、経営戦略としては拙くても言葉には妙に説得力がある。
がんばっている紗彩のために、なんとか協力してやりたいと周囲に思わせるのは才能だろうか。

結都が意地を貫いたことによって、もともと会話が少ない家族はどこかぎくしゃくしていた。
それが紗彩ひとりが加わることで、明るく風通しがよくなっている。彼女を中心にして、皆が心地よく過ごせるのだ。

「いいもんだな」

母と紗彩の会話を楽しそうに聞いていた父がつぶやいた。

「そうですね」

思わず父の意見に同意する。父も結都と同じことを考えていたと思うと不思議な気分になった。
そんな穏やかな時間が流れているところで、急に母が大きな声を出した。

「私ったら、ごめんなさい。お母様が入院していらっしゃるのに浮かれてしまって!」

紗彩の母が病気療養中だったと思い出したようだ。

「お気遣いありがとうございます。体調は落ち着いてきましたから、もう大丈夫です」

健気な言葉に感動したのか、母が紗彩の肩を抱いている。

「母もご挨拶したかったと申しておりました」

「でも、お母様が家にいらっしゃらないと毎日が心細いでしょう?」

その言葉を聞いて、結都はハッと気がついた。あの大きな屋敷に紗彩は今ひとりで暮らしているのだ。

「そうだった。君はひとりで住んでいたんだな」
「え? ええ」

周りは閑静な住宅地とはいえ、なにが起こってもおかしくない。
セキュリティ会社に防犯対策を依頼していたとしても、いざという時にひとりでは心もとない。

「俺としたことが、うっかりしていた」

「あの、結都さん」

紗彩はまだピンときていない様子だが、父と母には結都が言いたいことがわかったのだろう。

「お嬢さんがひとりきりで暮らしているなんて、不用心だ」
「そうね。式は挙げなていなくても、入籍しておけば世間は納得しますわ」

結都の口からまた勝手に言葉が飛び出した。

「一緒に住もう、紗彩」

紗彩が絡むと、いつも思考をめぐらせるよりも先に口が動いてしまうようだ。
両親が同意してくれているなら、話は早いほうがいいと結都は意気込んだ。

目の前には呆気にとられた紗彩と、嬉しそうな表情の母。
そして向いに座る父は、自分の希望がかなう日も近いと思ったのか、満足そうだった。










< 46 / 80 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop