政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~


紗彩を送っていく帰り道、車の中ではつい無口になってしまった。
安全のためとはいえふたりで暮らすことを自分から提案したというのに、なにを話せばいいのかわからない。
強引すぎたかもしれないが、彼女がひとりでいるのが心配なことに間違いはない。

消防士の仕事を続けるためだけだった紗彩との政略結婚が、思いがけない方向へ進んでいる。
梶谷乳業への援助が、白川ホールディングスとしても新たな観光事業を進めるきっかけになったのだ。
おまけに紗彩の母の入院という事態になって、一緒に暮らすことを決めてしまった。

黙ったまま外の景色を見つめている紗彩は何を考えているのだろう。
夕方から夜に変わる時間、茜色の空がわずかずつ闇に染まっていく。
やがて満点の星空が広がるのを待っているようにも見える。

(後悔しているかもしれないな)

結都とホテルで会ったことで、とんでもないことになってしまったと思っているかもしれない。
それでも結都はどこか楽しかった。すべてが想像できない方向へ転がっていく。

(ああ、星が綺麗だ)

とうとう夜空になった。紗彩は無口なままだったが、結都は落ち着いていた。
この先、紗彩とどんな関係になれるのか、どうなりたいのか自分でもよくわからない。
ただ紗彩とともにいることが、結都の中であたり前になりつつあったのだ。



***



病室に入ると、紗彩の母は元気なさそうに見えた。
だが紗彩の顔を見ると、今日の話を聞きたそうにしていた。

「どうでした? 紗彩はちゃんとご挨拶できたかしら」
「はい。両親ともに喜んでくれました」

母としての立場なら、大切な娘をひとりで挨拶に行かせるなんて心配でたまらなかっただろう。
そのうえ会社の援助を頼むという大仕事まで背負わせたのだから、どんな気持ちで待っていたことか。

「お見舞いのお花をいただいたわ」
「とっても綺麗ね。あ、紗彩、一階のカフェがまだ開いているからいるから飲み物を買ってきて」

「結都さん、ミルクとお砂糖は?」
「ブラックで」

「紗彩、結都さんの好みを覚えなくちゃ」
「はあい」

まだお互いの好みまで把握していなかったと、冷や汗をかいた。
紗彩が出て行ったあと、どう誤魔化そうかと思っていたら、ベッドに横たわった紗彩の母が真剣な表情になっていた。

「白川さん、どういう事情があるのかあえて聞きませんが、紗彩と結婚してくださるんですよね」

少しひっかかる言葉だったが、迷いなくうなずいた。

「はい」
「ありがとうございます」

紗彩の母は丁寧な口調で言葉を続ける。

「あなたはお仕事柄、きっと責任感があって真面目な方なんでしょう」
「いえ、そんな」
「紗彩のこと、よろしく願いしますね」

おっとりしているようで、この女性はとても冷静に紗彩との関係を見ていたようだ。

「私もね、こんな人生を歩むとは思っていなかったんです」

夫婦ともに白髪のおじいさん、おばあさんになって、孫の世話をして。そんな老後をイメージしていたそうだ。
だが、そんな未来はあっけなく消えてしまった。

「人生なんて、先になにがあるのかなんて誰にもわかりませんもの」
「そうですね」

真剣に見つめられて「自分になにかあったら紗彩をお願いしますね」と頼まれてしまった。

「もちろんです」

自分の都合がきっかけだったとはいえ、ここまで関わってしまった紗彩を裏切ることはない。それだけは断言できる。
会社のためだからと俺との結婚を受け入れてくれた彼女のために、できることはなんでもするだろう。

「白川さんに聞いていただきたいことがあるんです」
「なんでしょうか」
「実は……」

紗彩の母の話は、相談ともいえない重い内容だった。




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