政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~



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結人にとって、誰かと暮らすというのは久しぶりだ。
大学に入った時に家を出てから、ずっと気ままなひとり暮らしだったのだ。
そんな自分が紗彩と暮らして大丈夫なんだろうかと気にはなっていた。

紗彩は愛らしいし、おまけに料理も上手だ。
いつも気を遣ってくれるし、職場関係からの祝いにもきちんと対応してくれる。
『形だけでも妻の役割です』といわれて、ああそうだ、形だけの妻だったと残念に思うほどだ。

梶谷家での生活は快適だし、毎日のトレーニングにはピッタリな環境だった。
近所の坂道を軽く走るのもいいし、広い庭でも体を動かせる。
いい汗をかいてシャワーを浴びるのは気持ちがいいし、おまけにその後には、美味しい朝食が待っている。

体力を維持するための食事を考えてくれているのか、毎朝のバランスがいいメニューに頭が下がる。
このうえ夕食まで紗彩の手料理となると、負担をかけてしまいそうだ。
申し訳ないが、紗彩からの提案は断った。これ以上は、がまんできそうにないからだ。

がまんというのはおかしいが、紗彩を愛したいという欲望との葛藤だ。
暮らし始めてすぐに、結都は紗彩を本当の意味で『妻にしたい』と思い始めていた。

紗彩の気持ちを確かめるのは、今ではないと自重している。
せっかく政略結婚してくれたというのに、これ以上紗彩を混乱させたくなかった。

ただ、時おり紗彩からの視線は感じていた。
結都を見てポッと頬を染めたり、慌てたりしているのがまたかわいい。
お嬢様育ちで男性とのふたり暮らしに慣れているはずないのに、意地を張っているのか平気なフリをしている。
そんな紗彩に対して(もしかしたら脈があるのでは)と、結都は少々大胆になっている。

キッチンに立つ紗彩のすぐ後ろに立ってみたり、頬にかかるうっとうしそうな髪の毛を耳にかけてみたり。
そのたびに紗彩は目を丸くしているが、その顔は真っ赤だ。
紗彩は結都の肩あたりまでしか身長がないから、話しかけるときは少しかがみこむことになる。
顔を近づけると、紗彩はサッと視線をそらすのだ。

紗彩がもっと自分に心を開いてくれたら、きっとこの結婚は本物になるだろう。
そんな日がくることを、結都は期待している。

「にやけた顔してるぞ」

ふたりで暮らし始めてから、三枝に何度からかわれたことだろう。
無表情だと言われてきたのに、今の結都は紗彩から影響を受けているようだ。

この暮らしを失いたくない結都だが、ふたりの関係を進める前にやらなければならないことがあった。
結都はまだ紗彩に話せずにいた。




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