政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~




結都の勤務は、まる一日働くと二日休みといった流れがほとんどだ。
紗彩も慣れてきたのか、帰宅したときに結都がいても驚かなくなってきた。

梶谷家の庭でも秋の虫が鳴き始めた頃、いつもより少し遅い時間に紗彩が帰宅した。
通用門から自転車を押して入ってくるから、なんとなく音でわかるのだ。

「お帰り」

結都が玄関で出迎えると、紗彩が青い顔をしているのがわかった。

「ただいま」

「遅かったね、なにかあった?」
「足立院長から話があるって連絡がきて、病院へ寄っていたの」

結都も同席した方がよかったのではという考えが頭の中をかすめたが、名ばかりの夫が出しゃばるのは迷惑かと思い直す。

「夕食は?」

疲れた表情の紗彩に聞いても、首を横に振るだけだ。食欲はないのだろう。

「じゃあ、お茶を淹れようか」

結都が先に立ってキッチンへ向かうと、紗彩はフラフラとうしろをついてきた。
心ここにあらずといった様子に、病院でどんな話があったのか結都まで不安になってきた。

紅茶を準備していたら、いつもなら自分がすると身軽に動く紗彩がキッチンの丸テーブルのそばに立ちつくしている。

「紗彩、大丈夫?」

カウンターにポットを置いて紅茶を蒸らす間、少しでも話をしようと声をかけたら紗彩がキュッと唇をかむのが見えた。

「悪い癖だ。キズになるから」

頬に触れて、力を抜くように紗彩の唇を撫でてみる。

それが刺激になったのか、口を開いた紗彩が漏らしたのは「しっかりしなくちゃ」という自分に言い聞かせるような言葉だった。

「しっかりしなくちゃ……私がしっかりしなくちゃ」

両腕で自分の体を抱きしめている紗彩からは、今にも崩れそうな危うさを感じる。

「紗彩」

結都は思わず紗彩の両腕をほどいて、自分の腕の中に華奢な体を閉じ込めた。
そうでもしなければ、紗彩がいなくなってしまいそうだったのだ。

「なにがあった?」

できるだけ優しい声で尋ねたら、ハッとしたように紗彩が結都を見た。

「結都さん」
「病院でなにがあったんだ。紗彩」

ほろりと紗彩の大きな目から涙がこぼれた。

「お母さんが……」



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