政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~



紗彩が足立院長から聞かされた内容を話そうとするのだが、心の乱れからか要領を得ない。
黙って聞いているうちに、どうやら別の病が隠れていたと診断されたことがわかった。
骨折や膵臓の炎症がおさまってきても退院にいたらなかったのは、精神的な症状があったからだ。

「……バーンアウトだそうです」
「燃え尽き症候群か」

夫を亡くしてからの数年間、会社の立て直しのためにどれだけがんばってきたことだろう。
以前に結都にも話してくれた言葉が忘れられない。

『私も、こんな人生を歩むとは思っていなかったんです』

白髪のおじいさん、おばあさんになって、孫の世話をして。そんな老後をイメージしていたと言っていた。
その話しを聞いたとき、紗彩を契約結婚という形で縛ってしまった責任を感じたものだ。
今すぐにでも紗彩に子どもができたら、少しは気分が変わるのではないだろうか。
ありえないと思いつつ、その考えが拭いきれない。

『人生なんて、先になにがあるのか誰にもわかりませんもの」

紗彩の母の言うとおりだ。
結都だって、この先自分にどんなことが起こるのかわかりはしない。
だが目の前で泣いている紗彩だけは放っておけなかった。

「泣くな、紗彩」
「全然気がつかなかったの。お母さんがそんなに苦しんでいたなんて」

そっと紗彩の背に片手を伸ばして、何度も優しくなでる。

「紗彩」
「私がしっかりしなくちゃいけなかったのに、私が……」

「紗彩!」

結都はそれ以上紗彩の口から後悔の言葉を聞きたくなかった。
閉じ込めていた腕を少し緩め、かがみ込んでその小さな口を塞いだ。

さっきかみしめていたから、少し血がにじんでいるのだろう。
鉄分の味がしたが、それを忘れるくらいに紗彩の唇をむさぼる。



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