政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~



母が丸山牧場で過ごし始めてから、どんな様子か義姉からはまめに知らせが届いた。
秋の深まりとともに、高原の風景が毎日変化していくのを見ては感動しているという。
双子の男の子の相手にも慣れて、義姉も助かっていると嬉しそうだ。
少しずつ気力を取り戻しているのが、送られてきた写真の明るい表情を見てもよくわかる。
よほど孫との暮らしが楽しいのだろう。
今の紗彩には望んでも得られないものだから、兄と暮らすことになってよかったと思っている。

ようやく安心できるようになったある日、紗彩が出勤して自転車を置いていたら珍しい人に声をかけられた。

「紗彩さん、おはよう」

工場長の田村だ。工場を管理している彼に話しかけられることは滅多にない。
田村は新製品のヨーグルトをとても気にいってくれて、なんとか今ある生産ラインで製造できるよう考えてくれた人だった。

「おはようございます。田村工場長」
「今、チョッと時間ありますか?」

わざわざ自転車置き場まできてくれたくらいだから、なにか理由がありそうだ。
紗彩はひと気のない裏庭で話を聞くことにした。

「工場でなにかありましたか?」
「いえ、今は新製品の製造にむけて順調です」

会社では新しいヨーグルトをクリスマスシーズンに売り出そうと、準備を整えているところだ。

「工事のことで……」

田村は言葉尻を濁した。とても話しにくそうだ。

「白川ホールディングスの援助で決まった、例のことですよね」

ゆっくりうなずいたので、新たな工場の建設工事のことだとわかった。

「どうやら山岡社長代理が、工場の増設工事を請け負う会社を独断で決めようとしているようです」

田村がいっそう声を落としながら話したのは驚く内容だった。

「談合でもするつもりですか?」
「おそらく特命で発注するんだと思います」

正式な入札なら条件を満たすいくつかの事業者が競争する形になるから、これまでと違う会社が工事を請け負うことになるかもしれない。前もって談合で決めておけば特定の業者が選ばれるだろうが、それは犯罪だ。
だが特命となれば、こちらが指名する会社だけに発注する仕組みだ。







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