政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~
「これまでわが社の工事関係を請け負ってくれていた業者は、偶然ですが白川ホールディングスとの関係も良好だったので継続するものと思っていたんですが……」
これまでと同じ建設会社なら、特命で発注してもおかしくはない。
紗彩自身、そうなるとばかり思っていた。
「山岡さんはいったいどこの会社を?」
「噂では金子製作所と、その同族会社だとか」
金子製作所と聞いて、紗彩も唖然とした。
山岡が紗彩に勧めてきた見合い相手の父親が経営する会社だからだ。
偶然にしても出来過ぎている。山岡はずっと金子製作所と関係があったのだろうかという疑問が生まれてきた。
田村が紗彩に話してくれたのも、きっと癒着のような雰囲気を感じたからかもしれない。
「教えてくださってありがとうございます。調べてみますから、田村さんはどうぞお仕事に」
「奥様がご不在ですから、無理だけはしないようにしてください」
「ありがとうございます。なにかわかったらお伝えしますので、この件は内密にお願いします」
ふたりは山岡に重い疑惑をかかえてしまったが、やみくもに話せることではない。
秘密を抱えた紗彩は結都に相談しようかと迷ったが、その考えは押し殺すことにした。
(結都さんに心配かけるだけだわ)
せっかく白川ホールディングスの援助を受けられるというのに、ゴタゴタを知られたくない気持ちもあった。
だが紗彩の権限では帳簿を見ることも難しいかもしれない。
人あたりもいいし、父が亡くなってから会社のために働いてくれていると思っていた山岡に、なんともいえない不気味さを感じた。
母のこと、会社のこと、紗彩には頭の痛いことばかり降りかかってくる。
あれこれと悩んでいても解決方法はみつからない。
ヨーグルト以外にも商品開発は進めなくてはならないし、紗彩には次第に余裕ががなくなっていた。
***
『紗彩さんにお客様です』
昼前に研究開発室にかかってきた電話は来客を知らせるものだった。
「はい? 私にですか?」
勤務時間中に研究員である紗彩に会いたいという人は滅多にいない。
受付に行ってみると、以前に見かけたことのある女性が立ったまま待っていた。
(たしか……)
ホテルで会った、結都の母の友人の娘だと聞いた記憶がある。
華やかな顔立ちによく似合うファーのハーフコートを着て、高価そうなブランドバッグを手にしている。
「覚えてくださってる? 大河内香澄です」
「は、はい」
そういえば『香澄さん』と呼ばれていたなと思い出した。
「か、えっと、白川紗彩です」
苗字を言い慣れなくて、自分の名前を間i違えそうになってしまった。
「お時間あるかしら。お話があるのだけど」
香澄は気がつかなかったのか、ストレートに用件だけを告げてきた。