政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~
ノーといえる雰囲気ではなかったし、何事かと社員たちの視線を感じる、
仕方なく紗彩は国道沿いのカフェに移動した。
その店はオープンな雰囲気で、ソファーがゆったりと置かれているところが紗彩のお気に入りだ。
そういえば、結都とはこういうところで会ったことがなかったなと今さらのように気がついた。
「ほんとに結婚したの? 指輪は?」
昼食を兼ねた注文をすませるとすぐに香澄がつぶやいた。
「食品を扱う仕事なので、勤務中は外しています」
もっともな答えを言えたが、そういえばと紗彩は焦った。
ダミーの指輪が必要だと、今さらのように気がついたのだ。
「まさか彼があなたを選ぶなんて、信じられない」
香澄に追及されたらどうしようかと思ったが、彼女は指輪に興味はなさそうだ。
「そう言われても……」
「ふん」
そこからは会話が進まない。彼女がなんのために紗彩に会いに来たのか、謎のままだ。
運ばれてきたサンドイッチとカフェオレを前に、香澄は憮然とした顔をしている。
彼女がなにも喋らなくなったので、しかたなく紗彩はサンドイッチをつまんだ。
しばらく黙って食べていたら、いきなり香澄が聞いてきた。
「で、妊娠はしていらっしゃるの?」
いきなりの質問を受けて、紗彩は柔らかいパンがのどに詰まるかと思った。
かなり失礼だと思ったが、香澄はからかうでもなくキツイ目をしている。
それは真剣というより、まるで紗彩を突き刺すような視線だ。
「そんなこと、あなたにお話しする必要はないと思います」
「なんですって?」
「子どもを作る作らないは、夫婦の問題です」
呆れかえったように、香澄が紗彩をジロジロとながめてくる。
顔、服装、それにお腹のあたりだ。
「特に、兆候は見られないわね」
妊娠の兆候が他人にわかるものなのか紗彩には見当もつかないが、香澄は足を組んでソファーにもたれ、さらにふてぶてしくなっていく。
「夫婦の問題だからなに?」
「え?」
「あなた、なに考えているの。結都さんにはすぐにでも子どもが必要だっていうのに」
紗彩には彼との子どもなんてできるはずないのだから、香澄に返す言葉が浮かんでこない。
どうしてこんなプライベートなことを聞いてくるのか、逆に知りたいくらいだ。
「まさか、知らないで結都さんと結婚したっていうんじゃあないでしょうね」
香澄の声には怒りがにじんでいる。だからといって、紗彩にどうしろというのだろう。
なぜこんな人の相手をしなくちゃいけないのだろうかと、このところ疲れていた紗彩はだんだん腹立たしくなってきた。
結婚した理由は誰にも言えないし、気になるのなら結都に尋ねてほしいくらいだ。
「あなたに私たちの結婚は関係ないでしょう? こんなお話でしたら失礼します」
紗彩が立ち上がりかけたら、香澄がおかしそうに身を乗り出してきた。
「あなた、なあんにも知らないようだから教えてあげる」
その言葉を聞いて、紗彩は足を止めた。どうしてだか香澄の話しを聞いてみたくなったのだ。
「彼はね、ずいぶん前からお父様と約束しているの。消防士を続けたかったら早く結婚して子どもを作れって。つまり白川家の跡継ぎが必要なのよ」
「白川家の跡継ぎ?」
「そう。結都さんのかわりに、白川ホールディングスの後継者として育てるの」
「まさか」
いつの時代の話しだろうかと思うくらい、紗彩にしたら冗談かと思うほど突拍子もないことだった。
「それが白川家よ。あなたは家のためだけに、子どもを産むためだけに結婚したの」
事実を知らなかった紗彩をばかにしたように、香澄はクスクスと笑っている。
それ以上は聞いていられなくて、紗彩は伝票つかむと「失礼します」とひと言だけ告げて店を出た。
頭の中では香澄が言った言葉がグルグルと渦巻いていた。