政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~
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気がつくと、仕事を終えていた。
自転車に乗って、通いなれた道をひたすら帰る。
(子どもを産むためだけの結婚?)
結都からは消防士を続けるための結婚だと聞いていたのに、ほんとうに必要なのは白川家の血を引く子どもだったらしい。
だが簡単に香澄の言葉を信じていのかどうかも、紗彩にはわからない。
(結都さんがうそをついていたの? それともあの人が?)
どちらがうそをついていたとしても、紗彩と結都は形だけの結婚だから子どもができるはずない。
(もし子どもが必要なら、早く離婚しないといけないんじゃないかしら)
結都は仕事が続けられるし梶谷乳業は援助を受けられるという、お互いのメリットで成り立った結婚だった。
今となっては結都の仕事、新製品、観光開発、どれもが複雑に絡みあっていて、ふたりだけの問題ではなくなっている。
(なにを考えているの? どうして私と結婚したの?)
紗彩は混乱したまま通用門から屋敷に入って、自転車を置いてから玄関のドアを開けた。
「お帰り」
ハッと声のした方を向いたら、廊下の壁にもたれて結都が立っている。
今日は休みの日だったから家にいたようだ。
香澄に会ってから気もそぞろになっていた紗彩は、彼の勤務ローテーションをすっかり忘れていた。
「た、ただいま」
「今日は早かったんだね」
皮肉っぽい言い方だ。このところ結都を避けるために、紗彩がわざと遅く帰っていたと気がついてたのだろうか。
「チョッと疲れちゃって」
「風邪か?」
結都が近寄ってきて、紗彩の額に手をあてる。
「熱はなさそうだな」
「大丈夫ですから!」
思わずその手を払いのけてしまった。
紗彩らしくないとはいえ、その力は結都にとってそよ風くらいのものだろう。
「ごめんなさい」
どうして謝ってしまうのだろうと、紗彩は自分自身が嫌になる。
香澄から聞いた話が本当なら、謝るのは真実を話していない結都のはずだ。
「紗彩、近ごろ俺を避けていただろう。理由を聞いてもいいか?」
玄関先でする話でもないが、今の紗彩は冷静でいる自信がない。
だが、香澄に言われたことを黙っているなんてできないと思った。
「今日、大河内香澄さんが会社に尋ねてみえました」
「へえ、あの人がわざわざ?」
皮肉ぽっく答える結都の緊張感のない態度を見て、押さえていた感情がこみあげてくる。
「子どものこと、聞きました」
「え?」
「お父様と後継ぎのことを約束していたってことも」
普段は無表情な結都が驚いているのが証拠だろう。
紗彩はだまされていたと言った方がいいかもしれない。
黙り込んだ結都を残して、紗彩はそのまま二階の自室にかけ上がった。
部屋に飛び込むと、ドアに鍵をかける。