政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~
出初式に誘われた意味ばかり考えていた紗彩は、仕事のことだと気がつくのに少し間が空いてしまった。
これは梶谷乳業にとって、とても重要なことだと結都は言う。
「実は、以前にお義母さんから頼まれていたんだ。会計監査して欲しいと」
「母があなたに?」
「ああ」
母といつの間にそんな話をしたのだろう。だが、紗彩にも心あたりがあった。
「やっぱり……」
母はいつ、山岡の言動がおかしいと気がついたのだろうか。
「紗彩にも思うところがあったみたいだな」
田村工場長から聞かされた山岡のことを、結都に相談したいと思いながらも避けていたことが悔やまれる。
それよりも母が結都に会社の内情を話したのに、紗彩には知らせてくれていなかったことに傷ついていた。
「誤解しないでくれ。君に知らせたら研究開発の妨げになると思われたそうだ」
紗彩の気持ちが伝わったのか、結都が慌ててフォローしてくれる。
「そうだったんですか」
香澄の話を聞いてから、あれほど嫌な態度をとってしまったのに結都の優しさは変わっていない。
「お義母さんが倒れた日の電話は、山岡さんに気をつけるようにという忠告の電話だったそうだ」
「そういえばあの日は、廃業する原牧場のオーナーからの電話だって言ってました」
「廃業する原因のひとつに、乳価があったらしい。山岡さんに交渉を任せていたんだろう」
牛乳を生産者から購入する価格のことだ。会社と生産者が互いに相談して、適正な価格を決めることになっている。
「はい。父が亡くなってから、ずっと山岡さんの担当でした」
「言葉巧みに取引価格を叩いていたんだろう」
「まさか⁉」
「差額はおそらく………」
結都が口にしなくてもわかった。すべて山岡が自分のものにしていたのだろう。
おそらく二重帳簿もどこかにあるはずだ。
山岡が不正に手を染めていたとはまだ信じられないが、こちらの不手際で廃業にまで追いこんでしまったのかと、紗彩は暗い気持ちになる。
「大丈夫だ。父の指示で、原牧場は白川の子会社が買い取った。丸山牧場と提携して再出発することになったよ」
「よかった」
白川ホールディングスの援助はここまで行き届いていたのだと、紗彩は正親に対して感謝の気持ちでいっぱいだ。
「結都さん」
「やっと俺を見てくれた」
結都はホッとしたのか、微笑んでいる。
このまま結都の胸に飛び込んでしまえば、ふたりの関係はどうなるだろう。
なにかが変わっていくかもしれないという甘い期待が、紗彩の脳裏を横切る。
けれど、今は出初式の準備で忙しい時期だ。結都をこれ以上煩わせてはいけないと気持ちにブレーキをかけた。
「ありがとうございました」
ペコリと頭を下げると、結都から距離をとることを選んでしまった。
まだ話し足りなさそうな結都を残して、紗彩は自室に戻っていった。