政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~



***



出初式が行われるのは、一月の最初の日曜日だ。
会場となっている河川敷を吹き渡る風は冷たいが、空はからりと晴れわたっている。
市内四か所の消防署から集合した消防車両がずらりと並び、イベントのための救急車や大型の救助工作車まで見られるとあって集まった人たちは大喜びだ。

行事が始まるのは午前十時からだが、川の両岸にある遊歩道にも土手の斜面にも人があふれている。
会場近くの橋を渡っている人たちも、ついつい足を止めてしまうようだ。
開始時間の少し前にやってきた紗彩は、どこで見ようかと場所を探す。
混雑もピークに達しているのか、会場整理を担当している市の職員があちこち慌しく動いていた。
たまたま近所の子たちだろうか「こっちこっち」と言いながら、土手を駆け下りていく。
つられて紗彩も小走りであとに続いた。
どうやら橋脚の真下が穴場のようで、消防車両が真正面に見えている。

やがて式が始まった。市長や来賓の挨拶のあと、いよいよ放水だ。
サイレンの音とともに、キビキビとした動きで消防隊員たちが走り出す。

(この中のどこかに結都さんがいるんだ)

近くにいる子どもたちは消防車に詳しくて、あれがポンプ車、屈折する放水塔、はしご車は三十メートルあるなどと話している。
まるで消防車について何も知らない紗彩に説明してくれているようだ。

(そういえば、結都さんがあれほど消防士にこだわっている理由を聞いたことがなかったわ)

子どもの頃、こんな風に消防車にあこがれていたんだろうかと想像してみるが、それだけで白川ホールディンを捨ててもいいと覚悟したとは思えない。

車両ごとに準備が整ったらしく、指揮官の合図でいっせいに放水が始まった。
小型の車両からは小さなアーチ、大型の消防車からは特大の水のアーチが飛び出していく。

はしゃぐ子どもたちの声を聞きながら、紗彩も迫力ある水の競演に見とれた。
現実の火事なら水しぶきを綺麗というどころではないが、今だけは見ごたえを感じていいはずだ。

「すごいね~」
「どこまで飛んでいくのかな」

子どもたちの素直な感想を耳にしながら、紗彩は言葉もなく見つめていた。




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