政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~

遊歩道や土手にいる観客はスマートフォンやカメラで撮影しているが、紗彩はそれすらも忘れて見入っていた。

「うわあ」

ひときわ大きな歓声が一斉に上がった。
幾重にも連なって川面に向かて飛び出していく大量の水。
そのしぶきと今日の晴れわたった空のあいだに、いくつもの虹がかかったのだ。

「綺麗」
「すごい迫力だなあ」

紗彩はこんなにもたくさんの虹を一度に見たことがない。
言葉を失うくらい、美しい風景だった。

(結都さんは、これを見せたかったのかな)

このところ暗い気分になることが多かったから、きっと気持ちが明るくなるように誘ってくれたのだ。
この虹が、素直になれなった紗彩の気持ちを結都に届けてくれるかもしれない。

いつまでも見ていたかったが、やがて放水は終わって虹ははかなく消えていった。
それでも紗彩の心には、しっかりと美しいままで焼きついている。

アナウンスが聞こえたと同時に、子どもたちが嬉々として駆けていく。
どうやら消防車の試乗体験会が、このあと行われるらしい。
子どもたちは放水より、イベントとして消防車に乗せてもらえるのが待ち遠しかったようだ。

紗彩が遠目に見ていると、はしご車のそばに結都がいるのがわかった。
子どもたちに囲まれていて質問攻めにあっているようだ。
ひとりひとりに笑顔を向けている結都の姿が、いつか見た赤ちゃんを抱いている夢の結都と重なった。

小学生くらいの男の子を軽々と持ち上げて、運転席に乗せてやっている。
高く伸びていくはしご車のバスケット部分にもチャレンジできるらしく、子どもたちをなだめながら順番に並ばせたりもしている。

(ああ、この人は子どもが大好きなんだ)

父との約束に縛られていたから、もしかしたら結婚も、子どもを持つことも諦めていたのかもしれない。
仕事に熱心で、優しくて、責任感があってと、結都のいいところばかりが浮かんでくる。
子どものことを黙っていたことにこだわっていたら、きっと紗彩は前に進めない。

(結都さんが好き)

紗彩はもう自分の気持ちを隠すことも、ごまかすこともやめた。
彼が好きだから、次の一歩に進んでみたい。
結都が受け入れてくれるかどうかはわからないが、何もしないまま終わってしまうのだけは嫌だと思った。




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