政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~
堂々と結都と向き合おうと決めた紗彩は、明るい気持ちでゆっくりと土手を上がっていった。
今夜は温かいものを作って彼を迎えよう。
それから、たくさん話しをしよう。そんな想いが心からあふれそうだった。
「見つけた」
紗彩に川風よりも冷たい視線が突き刺さった。橋のたもとに香澄が立っていたのだ。
「人が多いのねえ。こんなお祭り騒ぎのどこが面白いのかしら」
「消防出初式をそんなふうに言わないでください」
「ふうん、言うじゃない。まあいいわ。あなたを探してたのよ」
会いたくない人に憎々し気に言われても、探されても困る。
「ここに来れば、あなたに会えると思っていたわ」
自分を嫌っているはずの香澄がわざわざ訪ねてきた理由がわからないし、紗彩と話すまでは帰りそうにない。
紗彩は川風で冷え切っているし、毛皮のコートを着ているとはいえ彼女も寒そうだ。
とりあえず暖をとりたくて、一番近くにあった古めかしい喫茶店に入る。
店内には何組かの客がいたが、出初式の帰りなのかスマートフォンの写真を見せあったりして楽しそうだ。
引きつった顔をしたふたりの女性は、彼らから見たら場違いなことだろう。
コーヒーを注文して、香澄と向き合う。
いつかカフェで別れて以来だが、あの日に感じた華やかな美しさは感じられなかった。
たしかにブランド物や宝石を身につけてはいるが、どこか廃れた印象だ。
「あなた、告げ口したでしょ」
「え?」
「おかげで散々よ」
香澄は思いがけないことを口にした。去年、彼女とふたりで会った日になにがあったか、あれこれと愚痴り始めたのだ。
「あの日の夜遅くに結都さんが大河内家に来たのよ。すごく怒ってて、二度と妻に会うなって」
そういえばあの日、車で出かけていったのを覚えているが、東京まで行ったのだろうか。
「おかげで父と母にものすごく叱られて、お小遣いはもらえないし自由に出かけられないし最悪よ」
自分で蒔いた種だろうに、紗彩にその責任があるというのだろうか。
それに紗彩よりも年上の人が、お小遣いをもらっているというのは信じられない。
この人は親に寄生して生きているのだろうかとあきれるが、自分とは住んでいる世界が違うのだと紗彩はため息をついた。
「聞いてる?」
「はあ」
温かいコーヒーのおかげで体がホカホカしてきた紗彩は、これ以上彼女の話しを聞かされるのが我慢できなくなってきた。
子どものことを話してくれなかった結都を責めてしまった原因は、目の前の香澄だ。
あの日のショックで結都を避けてしまったというのに、なんて幸せな人だろう。
「あなた、結都さんと別れてくれない?」
早く帰りたいのにと思っていたら、空耳かと思う言葉が聞こえてきた。