政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~
「え?」
席を立つタイミングを考えていた紗彩に、香澄はそのコーヒーをちょうだいというくらい軽い口調だ。
「私、小さい頃からずっと彼の妻になりたかったの」
「それがなにか」
「あなたが仕事にかこつけて、出しゃばってくるから」
まるで紗彩が悪いと言わんばかりの口調にカチンときた。
「あなたは、結都さんを愛していらっしゃるのですか? 彼のどこがお好きなんですか?」
香澄のわがままな発言を聞いて、紗彩はどうしても知りたくなった。
そこまで言うのなら、結都をどう思っているのか彼女の口から聞きたい。
「決まってるじゃない、結都さんは白川ホールディングスのひとり息子なのよ」
今さらなにを言わせるのかと、フンと鼻をならしている。
香澄はコーヒーに口をつけたが、気に入らなかったのかすぐにカップをおろす。
「それだけですか?」
「あなただって同じでしょ? ま、私と結婚しても彼は消防士の仕事をここで続けたらいいわ。私は東京で子育てするつもり。次期社長の母という立場になるんですものね」
どんな想像をしているのか、ウフフと笑う香澄が恐ろしくなった。
彼女が結都の顔が好きとか、たくましいところが好きというなら、紗彩も許せたかもしれない。
だが香澄が見ているのは消防士の仕事に責任と誇りを持っている結都ではなく、大会社の社長の息子という肩書きだけなのだ。
「結都さんは私の夫です。別れるわけないじゃないですか」
ピンと背筋を伸ばして、紗彩はまっすぐに香澄を見た。
「だから~、お金なら出すわよ。あなたは会社のために結婚したんじゃないの?」
これまでの紗彩なら、自分たちは政略結婚だからと怯んだかもしれない。だが、もう紗彩に迷いはなかった。
「会社のことは関係ありません」
「だって、まだ妊娠していないんでしょ。私なら……」
「私が妻です。あの人の子どもを産むのは私だけ。あなたじゃありません」
強く言い返されるとは思っていなかったのか、香澄はキョトンとした顔をする。
「お帰り下さい。もう私たちの前に現れないでくださいね」
レシートをつかむと、ニッコリと笑って紗彩は立ち上がった。
「二度と私たち夫婦の邪魔しないで」
この人と同じ空気を吸うのも限界だった。
「ごちそうさまでした」
店主に微笑んで会計を済ませた紗彩は、スッキリとした気持ちで店を出た。
そろそろ出初式とイベントは終わりなのか、人影がまばらになってきている。
さあ帰ろう。結都とふたりで暮らす家に。そう思うだけで、紗彩の心は弾んでいた。