政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~
薄氷


ぎこちない暮らしは終わりを告げた。
ようやく結ばれた夜から、まるで新婚夫婦のような毎日が始まった。
いや、出会ってからをやり直しているというべきだろうか。

「順番がめちゃくちゃだな、俺たち」
「いいの。すべて振り出しに戻って始めるの」

結都が言う通り、ふたりはデートも告白も飛ばして、まっ先に入籍だけは済ませていた。
だから、このところはまるで付き合い始めたばかりの学生ような関係で過ごしている。

特別な場所でなくても、買い物やドライブだってふたりならどこへ出かけても新鮮だ。
これまでお互いに遠慮していたから、日常生活での他愛ないおしゃべりが楽しい。
お互いの友達にだって、これからは堂々と紹介できるのだ。
親友の希実の結婚式には夫婦そろって出席することが決まったし、結都の同期メンバーたちからは、遅ればせながら結婚を祝う会を開いてもらった。
もう誰にもうそをつかなくていい。ありのままでいられる喜びに紗彩は浸っていた。

そんなある日、お休みだった結都から買い物に誘われた。
どこに行くのかと思っていたら、格式ある宝飾店だった。

「どうしても贈りたかったんだ」

いつだったか、香澄に指輪がないと指摘されてごまかしたことがあった。
結都には伝えていなかったのに、気づいてくれていたのだ。
まさか婚約指輪と結婚指輪を同時に選ぶことになるなんて、思ってもみなかった。
ふたりが気に入ったデザインで、重ねづけもできるタイプを選んだ。

「綺麗」

その夜、ふたりだけで指輪の交換をする。
場所はいつものリビングだし、ふたりとも普段着のままだ。それでも紗彩の心は浮き立つ。

「ずっとそばにいてくれ、紗彩」
「あなたも」

「いつか家族だけで式を挙げよう」
「ええ」

「それから、ハネムーンにも行こう」
「嬉しい」

自分たちの結婚は世間とは少し違ったが、結果的に愛しあって結ばれたのは偽りではない。
初めはお互いの事情で結婚を決めたけれど、素直に気持を伝えてからはひとつずつ夢が形になっていく。
結都がはめてくれた、左手の薬指に輝く指輪。
そのかすかな重みだけで、こんなにも安心できるのだと紗彩は知った。

目覚めたら、お互いの温もりに包まれている。会えない昼間は、どうしているかなと相手を想う。
そして夜には愛しあう喜びに震える。
ひとつ誤算だったのは、結都の体力かもしれない。紗彩の華奢な体では、ひたすら翻弄され続けるからだ。
秘かにピラティスでも始めようかと、紗彩は嬉しい悲鳴をあげている。

こんなふうに、ふたりだけの時間は流れていった。








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