政略結婚ですが、幸せです ~すれ違い夫婦のやり直し計画~



残った問題は、梶谷乳業の会計監査だけだ。
結都からは、監査の結果によっては緊急の役員会を開き、山岡を退任に追い込むつもりだと聞かされている。
母の回復次第だが、場合によっては新社長は白川ホールディングスかメインバンクから迎えることになるという。
紗彩からみても、結都からの情報に問題はないと思えた。

監査の前日は、紗彩の母が足立病院で診察を受ける日だった。
今回は午後からを予約していたから、終わってから紗彩たちと合流してどこかで食事をする約束をしている。

梶谷乳業では工場は交代制だが、事務職は基本は残業しない規定になっていて、六時にはいっせいに仕事を終えて帰宅する。
だから紗彩の仕事帰りに、休みの結都と病院で待ち合わせだ。
久しぶりの母との食事だし、結都も一緒だから紗彩はとても楽しみにしていた。
気もそぞろになっていたのか、紗彩は会社を出てしばらくしてからスマートフォンを忘れてしまったことに気がついた。

(いけない。ロッカーに置き忘れたかも)

自転車だから取りに戻っても約束には十分間に合うと、紗彩はハンドルを切った。

本社ビルにはもうひと気がなかった。
一階奥の研究開発室に続くドアを開け、研究室関係者だけが使っているロッカールームに進む。
紗彩たちは清潔な白衣に着替えるから、ほかの社員とは別になっているのだ。
自分のロッカーを開いてもスマホはないし、床にも落ちていないし洗面台の周囲にも見あたらない。

もしかしたらと思い、洗濯業者に出す白衣を入れたランドリーボックスを探してみた。
何枚もの白衣を出してみると、一番底に落ちていた。
ランドリーボックスに白衣を入れるときに、間違って入ってしまったようだ。

思ったより時間がかかってしまい、紗彩は慌ててロッカールームを出た。
パッと廊下に灯りがつくと、さっきは閉まっていた倉庫に続く引き戸が開いているのが見えた。
誰かが段ボールを運んだようだが、そんな話は聞いていなかったなと不思議に思ったと同時に、なんとなく嫌な予感がする。

(明日は会計監査がある日だけど、まさか)

一階フロアをのぞいてみようと、重いドアを音がしないようにそっと開ける。
すると、どこから持ち出したのか、書類の束をわき目もふらずに段ボールに移している山岡の姿があった。






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